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『千日紅の恋人』 [帚木蓬生]

千日紅の恋人 (新潮文庫)

千日紅の恋人 (新潮文庫)

  • 作者: 帚木 蓬生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/03/28
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
宗像時子は父が遺した古アパート、扇荘の管理人をしている。扇荘には様々な事情を抱えた人たちが住んでおり、彼女はときに厳しく、ときには優しく、彼らと接していた。ある日、新たな入居者が現れた。その名は有馬生馬。ちょっと古風な好青年だった。二度の辛い別離を経験し、恋をあきらめていた時子は、有馬のまっすぐな性格にひかれてゆく。暖かで、どこか懐かしい恋愛長篇。

『風花病棟』を読んで以来、帚木蓬生作品をもうちょっと読んでみたいなと思っていたら、一昨日の日本人会夏祭りの古本市で大量に出ており、まとめ買いしてしまった。きっと僕と同じように帚木作品に惹かれたファンの方がいらっしゃるのだろうなと思う。とても感謝したい気持ちです。

落ち着きがとても感じられる作品である。恋愛小説というカテゴリーに含めるのが適切なのかどうかはわからないくらい、恋愛が主題となっていないような気がする作品だった。

小説の舞台となる築何十年もするような雑居アパートは、建物の老朽化だけではなく、住民の高齢化もかなり進んでいる。新築のアパートやマンションにでもなると、隣り近所とのお付き合いというのもほとんどないのだろうが、こういう、家賃の集金を大家さん自らが各戸を巡回してやっていて、しかも隣り近所に誰が住んでいるのかも皆だいたい知っている。相手がどういう人なのかがある程度わかっていれば、多少迷惑を被ってもそれに対してある程度は寛容でいられるだろうし、隣人が困っている時にはそれとなく助けたりすることはできる。そういうところで育つ子供はその世帯の子供というだけではなくそのアパートの住民全員にとっての子供みたいなものであり、そこで独居生活を強いられる女性高齢者に対しては、アパート全体での見守りもあるだろう。そして、臨終の時を迎えても、住民間で助け合って通夜や告別式が営まれるということだってあるだろう。古びたアパートではあるが、僕らがハイライズのマンションに住むのに比べればずっと羨ましさを感じる場面設定だ。

こうした雑居アパートを舞台にしつつ、主人公・時子を取り巻く環境は今の日本の中小規模の都市の状況を物語っている。アパートの大家(というよりも世話人に近い)をやりつつもパートタイムで介護ヘルパーをやり、一人暮らしの70代後半の母を近所に抱えて母のカラオケ教室への送迎もこなす。自分の幸せを考える前に、周囲の状況に気を配らなければならない。初婚、再婚はいずれも理由はあるが、40歳を目前にしても自分の幸せを最優先で考えられない状況にある女性、それが時子である。女性の社会進出が進んで実業界でも脚光を浴びるような煌びやかな女性も非常に増えてきていると思うが、そんなことを夢見ることもできず地方都市で年老いた両親や地域の福祉を担いつつ、飾り気のない生活を送っておられる女性も多いのではないかと思う。自ずと魅力的な男性と出会う機会もあまりない。(男性と女性の立場を逆にしても、両親の介護や地域の福祉活動で行動範囲が限られれば、男性であっても出会いの機会はあまりないのではないかとは思うが…)

本書で恋愛小説的な部分は最後の数十ページしかないが、こうした地味な舞台でのストーリー展開であるので、最後の最後がちょっと予想はできてしまうけれどもしっかりと幸せな結末で終わってくれたのにはほっとした。初老の男性作家が女性を主人公とした作品を描くと、こんな形になるのだな。

それにしても帚木蓬生氏。色とりどりの草花を上手く使った情景描写がすごく印象的な作家である。こういうタイプの作品は、既に草花の種類について殆ど予備知識を持たない僕らぐらいの世代になってくると、奥田英朗であっても重松清であっても絶対に描けないだろう。そういう文章の美しさが、作品に良い意味での落ち着きをもたらしている。今の日本の都市郊外の人通りの少なさを考えたら、妙にそれにマッチした雰囲気のする作品だと思う。但し、本書の舞台は多分福岡なんでしょうけど…。
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