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『お経 浄土真宗』 [地域愛]

記事の中身とはあまり関係ありませんが、初日の出の写真があったので、AFP報道から転載させてもらいます。本日は、帰省先で何度も読んだお経に関する本を1冊ご紹介します。

お経 浄土真宗

お経 浄土真宗

  • 作者: 早島鏡正・田中教照
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1983/04/27
  • メディア: 新書
出版社/著者からの内容紹介
一家に1冊だれでもわかる我が家のお経
知って安心“仏事の基礎知識”も併録、大きな活字・総ふりがな・解説つき
現代人の心に安らぎを与える〈誰でも読めるお経〉法事のときなど、足にしびれをきらせて、わけもわからずに、私たちが日ごろ耳にしているお経には、いったいどんなことが説かれているのでしょうか。誰もが抱いているこの素朴な疑問に答える待望の書が誕生しました。知って安心“仏事の基礎知識”も併録。ご家庭に常備してぜひご一読下さい。先祖や故人の御恩を偲ぶよすがに1冊どうぞ。携帯にも便利、贈答、施本用にも好適です。
昨年11月に佐々井秀嶺師の自伝について紹介した際に、次に帰省してお経を読む機会があれば、そこの何が書かれているのかを考えながら読んでみたいというようなことを書いた記憶がある。以後最初の帰省で現在実家に滞在中であるが、今回の帰省に際しては、実家の信仰する浄土真宗(大谷派)の教義について書かれた解説書を2冊ほど携行している。

昨年12月に喜寿を迎えた父は、朝と夕方のお勤めを欠かさない生活を送っている。大晦日の朝、あたりはまだ薄暗く、冷え込みも厳しい午前6時過ぎ、朝のお勤めが始まる。これまでの帰省で、父の朝のお勤めに同席させてもらったことは一度もない。祖母が未だ健在だった頃は、帰省したら時々祖母のそれに付き合っていたが、それ以後では初めてだろう。たとえ狭い民家であっても、静寂の中で響き渡るお経の声は荘厳な響きがあり、心静かに読誦に集中できる雰囲気であった。

大晦日の夕方は、勢揃いした息子達と合計7人の孫達も揃ってのお勤めであった。僕達は近所の保育園から小学校にかけて菩提寺で夜定期的に開催されていたお経教室に通って読誦法を習ったが、我が子供達にはそのような場はなく、「謹行集」を開いてもどこをどう読んだらいいのかわからない。それを横から教えながらの読誦となった。少しばかり新鮮さを感じた。孫7人が同時に揃うというのも今後はもっと難しくなるかもしれないが。

元日の朝は菩提寺にお参りするのが当家の習慣である。朝10時から住職によるお勤めがある。「修正会」というらしい。うちのいなかも高齢化が進み、正座が難しいお年寄りの信者の方も多くいらっしゃる。昔は座布団だったが、最近は座椅子がお御堂の中心を占めるようになってきている。心なしかお参りに来られる在家信者の方の数も少なくなったような気もする。そんな中で行なわれる1年の最初のお勤めは、これまた広いお御堂に住職の読経が響き渡り、心も静かになれるような気がした。

これらの場で在家信者が共通して読誦に用いるのは、開祖親鸞の主著である『教行信証』に収録されている『正信念仏偈』(正信偈)、それと「南無阿弥陀仏」というせりふがやたらと続く中に6首が挿入されている『和讃』である。どちらも元々は親鸞の主著から持ってきたものだが、在家信者の礼拝形式として定着したのは第8代門主蓮如上人の時代らしい。『正信偈偈』と『和讃』を読誦した後、蓮如上人が著した『御文』を読んで、信者の朝夕のお勤めは終わる。

本日紹介する1冊は、これらのお経の解説と解題をまとめたものである。上で述べた僕らの普段の「お経」というのがどういう意味を含んだものなのか、朝夕のお勤めを形成する3つのパートが、それぞれどのような背景を秘めているのかをまず知りたいという思いは昨年11月以降ずっと持ち続けてきたのだが、そうした話を父にしたところ、薦められたのが本書だった。帰省期間中に読み切らねばと思い、東京から持って来た本に先立って読んでみた。

正信念仏偈
親鸞がその主著である『教行信証』の行巻の終わりに、念仏を正しく信じることができたよろこびを歌にしてつづったもの。冒頭では、無量の命、はかりしれぬ光の仏に帰命すると、自らの信心を明らかにし、その信心はただ阿弥陀如来の本願の力によって恵まれたことを、『大無量寿経』によって明らかにしている。その上で、この真実の教えを伝え継いできた7人の高僧の徳をたたえ、これらの高僧の教化によって如来の本願にあうことができたよろこびをあらわして、最後に、ともにこの教えを信じていこうではないかと勧めている。(pp.211-212)

和讃
親鸞が、文字を知らず読み書きができない当時の民衆のために、お経や論書などの重要な文意をかみくだいてわかりやすく、おぼえやすくしたもの。(p.212)

御文章(御文)・御書
本願寺派では御文章、大谷派では御文と呼ぶ。蓮如が折にふれて門徒や信徒に書いて与えた教義に関する手紙のことで、蓮如の孫にあたる円如が5帖80通にまとめた。はじめは浄土真宗に対する誤解を正す目的で書き与えられていたが、のちには蓮如自ら発案して、集会などで拝読するようになった。江戸時代の学者は、蓮如の御文章と親鸞の著作により真宗の協議を確定したため、御文章が信心の迷いを正すものとして、飽和の最後に読まれることが多い。御文を読んでもらう時は、頭を下げ体を低くして丁重に聴くことを習わしとしている。(p.219)

…だそうである。一方で、『正信念仏偈』の中身であるが、これをブログで解説するには僕もまだまだ勉強中の身である。ただ、上記で述べた「七高僧」が誰のことなのか――インドの「龍樹」、「天親」、中国の「曇鸞」、「道綽」、「善導」、日本の「源信」、「源空」がわかったことは、エントリーポイントとしては良かったかもしれない。これらの高僧の名前は、『正信念仏偈』に登場するので、例えば「龍樹」が出てきた箇所を見ると、「南天竺」とか「楞枷山」とか、明らかにインドを指す地名が出てきたりする。また、「親鸞」の名は「天親」と「曇鸞」から1文字ずつもらって付けられたものだということや、「源空」というのが浄土宗開祖の法然を指すというのも初めて学んだことだった。



1月3日に以下加筆します。

1)お正月にお寺に参拝して住職に経をあげてもらうことは、宗派を問わず「修正会」というみたいです。今日調布の深大寺に初詣に行きましたが、真言宗のお寺で同じ言葉を耳にしました。

2)私の住む三鷹市に真宗大谷派のお寺があるのかどうかを調べてみたところ、上連雀の法專寺がそうだと知りました。通勤途中じゃないですか。もう少し勉強してみようかな…。

タグ:浄土真宗
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kobakoba

新年おめでとうございます ナイスとコメントありがとうございます
ブログ復活は老後を少しでも遅くするため 文字を書きタイピング
することがとてもいいそうです
それにしても民主党にはとてもガッカリしましたね 野党時代に
もうチョット政策を研究しなかったのでしょうか 不思議でなりません
世界中に恥をさらすことになりましたね
by kobakoba (2011-01-02 15:10) 

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