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12.その仮面が剥がされる時 [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg ベイラム・タッカール氏(実名ではない)はマハラシュトラ州のある村で牛乳製造所を営んでいた。2人の娘と美しい妻に恵まれ、彼の人生はバラ色だった。ハンセン病に罹っていることがわかるまでは…。

 しかし、この病気とそれを巡る排斥行為などと闘おうとする彼の勇気と決意によって、前途に待ち受けていた様々な苦難を彼は乗り越えてきた。彼は自分の住む村の近くにハンセン病罹患者のためのリハビリ・センターを開いた。そこは今でも、この病によって日常生活を妨げられた人々の避難所となり、安息の地となっている。

 彼の努力が全て実を結んだわけではない。ハンセン病のスティグマによって、彼の愛する娘のうちの1人は結婚相手を得ることができなかった。何度も何度も花婿候補の男たちは彼女との結婚を拒んだ。彼女自身だけではなく、両親もイライラをつのらせていった。タッカール氏がこうした身の上話を打ち明けてくれた後、私はその娘に政府機関での仕事を斡旋した。その後彼女は銀行でもっといい職を得ることができ、そして結婚相手も得ることになった。

 社会に対して行ってきたその奉仕活動が評価されて、タッカール氏は政府のリハビリテーション局の局長に任命された。ある年のこと、局議がサンクラントの祭りの間に開催されることになった。サンクラントは春の到来を祝い、ティルグルとして知られるお菓子を食べるお祭りである。誰もが人からティルグルをすすめられたら自分のティルグルを他の全ての人にもすすめ、「このお菓子を取って甘い言葉で話して下さいな」と言うのである。

 この局議の議長であった私は、この一連の動きを観察することができた。タッカール氏の隣にたまたま座った人がどうやってこっそり席を移ろうとするのかを。人は自分が説くことを自分自身で必ずしも実践していない。一方で、私はタッカール氏本人も何が起こっているのかを理解しているのに気付いた。しかし、彼はそこに集まった全ての人々に自分のティルグルをふるまい続けた。その中には、州の保健長官も含まれていた。私が自分のティルグルを食べている時、その保健長官が自分の受け取ったティルグルを静かに自分のファイルの中にしまい込むのを見かけた。タッカール氏も、事情を承知したように笑顔でそれを見守っていた。
 
 表向きこうした病気に罹った人々のリハビリを行うための規則や法律、政策を策定したり実施したりする立場にある者は、自分がやっていることに心や気持ちがこもっていないことがよくある。その器量の狭さは彼らが発する美辞麗句によってしばしば覆い隠されているが、あの日の局議の場では、彼らの行動が言葉以上に如実にその本音を語っていた。社会福祉活動家としての彼らの仮面が剥がされた時、私はこうした政策立案者の本当の素顔を見ることができたのだ。
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