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13.私は自分自身を乗り越える [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg 今度のハンセン病療養所の新しい入居者はとても攻撃的な人だと聞かされていた。彼は好戦的な態度をとり、激しやすい性格で、売られたケンカはいつでも買うぞという姿勢を見せていた。

 彼が入所してくると、療養所の監督官として、私は彼と面談した。彼は自分が学校教員だったという。「ハンセン病の症状が出てくるまで、生活はなかなか良かったが、病気のお陰で仕事を辞めねばならなくなった。こうなると誰も俺と付き合いたいとは思わない。俺の顔はみるみる崩れていき、誰もが怖くて私から遠ざかるようになっちまった。村八分になったようなものだ。自分のせいじゃないのに、俺は追放されたのさ」と彼は説明してくれた。その瞳には怒りの炎が感じられた。

 彼はさらに続けた。「先生よ、どうなろうと俺は人間だ。病気だからといって俺の欲求や願望まで妨げることはできん。だから俺はカマティプーラに行った。ムンバイの赤線街さ。他の女が俺を受け入れてくれなくても、娼婦とセックスすることには問題ないだろと思ったのさ。売春宿に着くと、さっそく1人女が目に入った。玄関口で俺に背を向けて坐っていた。俺は急に感情を抑えることができなくなり、その女の方に走っていき、後ろから女を抱きしめた。女は振り向いて、それで悲鳴をあげたんだ。女はおれの顔を見て、他の女たちと同じ反応をしたのさ。」

 「誰だって俺を求めたりはしない。誰もが俺を虐げ、忌み嫌うから、俺もそいつらを嫌った。俺は社会に対して反抗してやろうとした。先生、俺が何やったかわかるかい?」長い身の上話を終えると、怒りに満ちた男は私にこう尋ねてきた。

 私の答えなど待つことなく彼は続けた。「俺はターバンを被って有名レストランへ行ったのさ。そのターバンで自分の顔の崩れた部分を隠してね。それでおいしそうな料理を注文してやった。ウェイターかマネージャーかオーナーが俺に料理を供するのを拒むか、代金を払うよう言ってきたら、店の中で顔を露わにして、この店には毎日来てグラスや器やスプーンを使っているからハンセン病の菌でいっぱいだぞって脅してやったのさ。じきにその店には客が来なくなった。」

 ここで彼が一息ついたので、私はこの施設で彼のリハビリに協力すると約束した。(当時は、矯正手術は治療法としては確立されていなかった。)我々なら理学療法の専門的訓練を行なって君がリハビリ・センターで働き始められるよう協力することができると。私の提案は彼に静かに受け容れられ、男の感情、身体両面のリハビリという気の遠くなるような取り組みが始まった。そして我々はその努力で成功を収め、男は私達の施設で「ドクター・バブ」と呼ばれるようになった。

 彼は、医学学会に出席するハンセン病罹患者の代表に選ばれた。彼は雄弁に話し、医師達にも力強い口調でこう述べた。「患者に尊厳を与え、自分がしっかり受け止められていることを伝えるのは医学的処置と同じくらい重要です。」彼は理学療法を自分のライフワークにした。尊厳は彼の心に再び安寧をもたらし、彼は勇気と忍耐をもって世界と向き合う自信を得たのだった。

 情緒が不安定な人が心の安定状態を取り戻すには、その人の性格を完全に理解することが求められる。カウンセリングと説得力のあるスキル、そして忍耐力が組み合わさることによって、初めてソーシャルワーカーはこうした奇跡を起こすのに貢献できるのである。

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余談ですが今週こんな記事が毎日新聞(5月11日)に掲載されていた。

「ハンセン病違憲10年 今も続く「隔離」 原告団副団長」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110511-00000002-maip-soci
http://mainichi.jp/seibu/news/20110511sog00m040004000c.html
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