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イザベラ・バード『日本奥地紀行』 [宮本常一]

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

  • 作者: イザベラ バード
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
文明開化期の日本…。イザベラは北へ旅立つ。本当の日本を求めて。東京から北海道まで、美しい自然のなかの貧しい農村、アイヌの生活など、明治初期の日本を浮き彫りにした旅の記録。
帰国までの最後の1週間、悪あがきにイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読み始め、530頁にもわたる大著をなんとか読み切った。日本人の描き方に、英国人らしい軽蔑の視線が見え隠れしないでもなく、基本バカにしてるのではないかと思ったが、これだけ詳細な記録を残すところに英国人の凄まじさも感じた。僕もこの3週間にわたって南インドの農村を訪ねてまわったが、ここまで詳細な情景描写はやろうと思ってもできない。第一ボキャブラリーがないのだ。本書は基本英国に住む妹か誰かに宛てた手紙を編集したものだから、「まるで〇〇のように」という、欧州人には馴染みの例示をいくつも加えている。それが理解できなかったりする。

小説以外の本を読むとき、僕は一応この本から何を今知りたいのかを絞ってそれから読み始めるようにしている。今回の場合は、①同行した通訳・伊藤に関するイザベラ・バードの感情、②粕壁(今の春日部)から日光、米沢、新潟、山形、久保田(今の秋田)、青森に至るまでの日本の農村風景と外部からの闖入者に対する農民の反応、といったことを知りたいと考えた。だから、観光とかはとばしたし、北海道に渡ってからのアイヌの描写もとばして読んだ。必要になればいずれまた読めばいいと思った。

ただ、巻末の解説に日本地図の1枚でもつけて、イザベラ・バードがどういうルートを歩いたのかを地図上に示してもらえるともっとわかりやすかったのではないかと思う。イザベラ・バードが辿ったルートは僕の行ったことがないところばかりで、今そこがどうなっているのかがわからないから、昔どうだったのかというのもイメージがしづらい。

だからといって、この壮大な紀行文の民俗学的価値が損なわれるものではないと思う。

さて、前置きはこれくらいにして、上で述べた僕の視点からみた本書の感想をご紹介しておこう。

先ず、通訳・伊藤の描き方だが、中島京子が『イトウの恋』の中で描いていたような浮いた話があったのかどうかはよくわからない。当時47歳だったイザベラ・バードは、20歳そこそこの伊藤を明確に子供として扱っているし、伊藤に対して厳しく申し付けるシーンは、まるで子供を叱っているような印象を正直受けた。イザベラ・バード本人は少々ウザいと感じていたようだが、わからない英単語を耳にするとすぐにメモしておき、寝る前に必ず彼女に意味を確認しようとした伊藤の職業通訳としてのプロ意識には驚かされる。明治の時代、そういう、一般には名が知られていないけれども地道な努力を積み重ねていた人たちが大勢いたであろうことを、僕達は見習わなければいけないのではないかと思う。そもそも、イザベラ・バードが1つの物事を観察する中でこれだけ豊富な情報を引き出せたのは、バード本人の好奇心と質問力もさることながら、それを的確に通訳した伊藤の功績が相当大きい。

翻ってみると、僕は今回の農村調査で、カルナタカ州ではカンナダ語、タミルナドゥ州ではタミル語の通訳をお願いした。農家の方々とのやり取りの中で、「この単語はこういう意味かも…」という気付きは幾つかあったものの、後でその意味を確認してみるということまではとてもできなかった。調査期間中、僕は毎日日誌をつけていた。聞き取りした内容を忘れないようにすることと、曖昧にしか理解していないことがないかどうかを確認することが目的だったわけだが、さすがに、「あの単語はこういう意味か?」という視点で通訳の方に確認するという行為にまでは気が回らなかった。

それにしても、当時のあまり肉を食べる習慣のなかった日本で、肉を食べないと気が狂いそうだといって、周囲の日本人の眼を意識しながらもしっかり鶏肉を口にしているイザベラ・バードのことを、逆に「野蛮人」だと感じていた日本人も相当いたのではないだろうか。イザベラ・バード自身、申し訳ないと思いつつもしっかり食べている。伊藤は彼女に何とか肉を食べさせようと奔走するが、いったんは伊藤にニワトリを売り渡した農家が後になってから「さばかれるニワトリが不憫でならない」といって取り戻しに来た話など、当時の日本人の優しさも垣間見た気がする。それに対してこの英国人は何なんだという気もしないではない。

第2に、農村の描かれ方だが、見たこともない外国貴婦人が突如来訪したら村人が大勢集まってきてプライバシーもくそもないというのは、今回南インドの農村を歩いてみて僕もおなじような経験をしたので非常によくわかった。それと、本書を読んでいると関東から東北にかけての多くの土地で養蚕が盛んに行なわれている様子が描かれていた。実際に桑畑や蚕の飼育をやっているシーンまで登場しているわけではないのはちょっと残念だが、当時養蚕が本当に盛んだったのだなというのがよくわかる。今やそうした土地での養蚕など皆無に等しく、時代の大きな変化を感じずにはおれない。

南インドの養蚕農家を見ながら、この地域の養蚕も、あと20年もしたら担い手がいなくなり、衰退していくのではないかと少し感じた。養蚕は確実に農家の収入向上には繋がったと思うし、その農場で雇われた土地なし労働者達の生活水準の引き上げには貢献したと思う。だが、右肩上がりでずっと儲けられるオイシイ産業ではなく、その役割は過渡的で、貧困農家を次のステップに移行させるための手段を提供したのだと位置付ける方がいいのではないかと僕は思った。

イザベラ・バードが133年前に訪ねた日本の農村は、今のインドの農村の風景とそんなに変わらないような気がする。

さて、彼女の農村紀行の話に戻ると、当時相当な数のノミが日本にはいたのだなというのがよくわかった。それと、アリに咬まれて足に傷を負った農民がいかに多かったかというのも、本書を読んでいるとよくわかる。何度も何度もノミの大群に寝室を襲われ、なかなか眠れずに苦労したというイザベラ・バードの記述を見ていると、僕がタミルナドゥ州ゴビチェットパラヤムでの最初の夜に蚊の大群に悩まされて熟睡できなかったというエピソードぐらいは大したことないと言わざるを得ない。当然、翌日日中の炎天下での調査では、午後になって熱中症のような症状が出てきて、午後の聞き取りを2農家で打ち切らざるを得なかったわけだが、今回の調査全体を振り返っても最も体調が悪かったのがこの時期で、今となっては懐かしい思い出だ。

もし何かの機会に東北や北海道を訪れることがあれば、イザベラ・バードの著書を読み直してみて、彼女が訪ねた地が今どうなっているのかを比較してみたいものだと思う。
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