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東南アジアの人身取引 [仕事は嫌い]


ASEAN-HS.jpgCarolina G. Hernandez ed.
Mainstreaming Human Security in ASEAN Integration, Volume 1
Institute of Strategic and Development Studies (ISDS),
February 2012

本書の第9章として収録されていた論文を、7日(水)に開催された社内勉強会で読んでみることにした。対象となった論文で扱われているテーマは東南アジアの人身取引問題との取組みと課題についてで、報告者は僕だった。

Aurora De Dios, “Human Trafficking and Human Security in Southeast Asia: Key Issues and Critical Challenges” pp.224-261
著者はフィリピンを代表するジェンダー問題の専門家であり、女性の権利を擁護する活動に従事する活動家である。Coalition Against Trafficking in Women Asia Pacific(CATW-AP)というフィリピンのNGOの代表であるとともに、2010年にASEANが創設した「ASEAN女性と子どもの権利委員会(ACWC)」にフィリピンを代表して送りこまれた代表委員2人のうちの1人である。各国代表委員は政府による政治的任命もあるが、フィリピンの場合は公募制をとっており、著者もそうした公募プロセスを経て選出されている。

従って、NGO出身の実務家かつ活動家が書かれている文章なので、学術的な価値の高い論文とはなっておらず、実務面で認識される課題の整理を行なったに過ぎない。その点には物足りなさはある。

人身取引は国際社会における深刻な課題で、いわば「現代の奴隷制度」だ。規模特定は困難だが、国内でも国家間でも取引は発生し、年間取引総額は310億ドル規模と推定される。中でもとりわけ東南アジアは世界の人身取引の1/3が行われている「ハブ」である。それは主に東南アジア域内での取引。被害者の70%は女性で、全取引の56%は性的搾取を目的に行われている。全世界で1230万人の女性・子供が強制労働・売春に従事していると言われているが、うち4166人(2009年)しか摘発されていない。このように、人身取引は世界の女性と子供の福祉に大きな影響を与えている。

原因は複雑だ。経済・政治・社会・文化的な不平等と関係しており、国家間の不均衡な経済発展やグローバル化が影響している。加えて、先進国が安価な労働力を求めるというプル要因もある。

人身取引は国の安全保障上の脅威であるとする考え方は、国境管理、入国管理政策に帰結する。しかし、人身取引は人間の安全保障上の脅威でもある。人身取引は被害者個人にだけではなく、送出側、受入側双方のコミュニティをリスクにさらす。そして、政府、市民社会、地域社会、ビジネスが連携して取り組まないと、人間の安全保障は達成されない。

「人身取引」とは何を指すか。それを規定しているのはUN人身取引補足議定書(2000)である。そこには、「搾取を目的として、脅迫、暴力その他の強要、誘拐、詐欺、偽装、権力乱用、脆弱な立場の悪用、他人を支配できる人物の合意を得るための金銭や便宜の授受といった手段を用いることによって、人を募集、移送・移動したり、かくまったり、受け取ったりすること。搾取には、少なくとも、買春による搾取やその他の形態の性的搾取、強制的な労働や奉仕、奴隷または奴隷と同様の行為、隷属、または臓器の摘出が含まれる」と書かれている。

わかりやすく言うと、この議定書から得られる含意は、①取引された人は、加害者ではなく被害者である。②全ての被害者は保護の対象でなければならない。③人身取引は明確な犯罪行為ではなく、被害者の脆弱性を悪用すること全般を指す広い定義が用いられる。④「人身売買の予防(Prevention)」「被害者の保護(Protection)」「ブローカーネットワークの訴追(Prosecution)」の3本柱から成る法整備が必要とされる。⑤需要サイドの問題も視野に入れる必要がある。⑦議定書は、いったん批准すれば、その国を法的に拘束する力を持つ、といったことになるだろう。

ASEAN各国の状況を見ていくと、ASEANが人身取引問題の焦点となっているとはいえ、域内各国内および各国間で人身取引行為のパターンが非常に多岐にわたっている。加えて、近年はインターネットのポルノ動画サイトは通販サイトといったオンライン上の取引も増加が顕著で、性的搾取を助長している。

人身取引の大きな課題として、①国内でも国家間でも取引は発生、②被害者がリクルートされる方法は様々、③犯罪グループが被害者を拘束し、逃れられなくする方法も様々、④リクルーターと腐敗した当局の共謀が見られ、⑤不法入国行為の事実が被害者の立場を危うくしており、⑥組織的犯行とインフォーマルグループの犯行が混在し、⑦犯罪ネットワークは他の犯罪行為にも関与していることが多いとみられている。

ASEAN加盟国の間では、人身取引は越境犯罪の1つとして各国レベルで1980年代に初めて認知されたが、1990年代になってASEANとして越境犯罪への地域的対応の強化に乗り出した。例としては、「ASEAN子供のための活動計画に関する決議」(1993)、「越境犯罪に関するASEAN宣言」(1997)、「越境犯罪に対抗するASEAN行動計画」(1999)、「越境犯罪に関するシニア実務者会議(SOMTC)」設置、UN国際組織犯罪防止条約(UNTOC)批准等である。

人身取引を考える上で必要な4要素として、以下の枠組みで捉えるのが適当だろう。
 ①国際的枠組み(UN人身取引補足議定書)
 ②各国における法整備
 ③全国レベル、地方レベルでのシステマチックな行動計画
 ④域内・国際協調

ASEAN地域レベルでは、「ASEANビジョン2020」(1997)、「越境犯罪に関するASEAN宣言」(1997)、「人身取引に関するASEAN宣言」(2004)、NTSに関する中国とのMOU締結(2004)等。

各国レベルでは、UN越境組織犯罪防止条約、UN人身取引補足議定書の締結と批准は進んでいる。各国の人身取引防止法では、被害者は犯罪者として訴追されないことは明記されているものが多く、中には被害者に対する補償金の支払いが規定されているものがある。

そして、人身取引に取り組むための国際的な枠組みとしては、既述の通り、「UN人身取引補足議定書」があり、これに加えて、「国際組織犯罪防止条約(UNTOC)」、「女子差別撤廃条約(CEDAW)」、「子供の権利条約(CRC)」などがあげられる。

CEDAW(1979)、CRC(1989)についても、ASEAN全加盟国が批准している。同条約は、各国政府に対して自国の取組状況の定期報告を勧告。人身取引防止法の実施に際して配慮されなければならない事項を規定している。

UNTOC締約国会合は、UN人身取引補足議定書が法的拘束力を持つ世界唯一の枠組みであることを認知し。作業部会では、①国際枠組み遵守、②各国法整備、③キー概念の理解促進と解釈の統一化、④予防と啓発、⑤研修、⑥国内、域内、国際協力の推進、に取り組んでいる。

課題は国際取極めや二国間取極め、国内法などの有効な実施能力にある。

ASEAN地域枠組みとしては、「越境犯罪に関するASEAN閣僚会議(AMMTC)」、「ASEAN警察長官会議(ASEANAPOL)」、「ASEAN女性委員会(ACW)」等が整備されている。AMMTCは越境犯罪対策域内協力推進のための最高政策決定機関。その下に「シニア実務者会合(SOMTC)」が設置され、行動計画の具体化、プロジェクトの提案、協力調整といった実施面を担当する。

さらに、近年、「ASEAN人権委員会(AICHR)」(2009)、「ASEAN女性と子供の権利委員会(ACWC)」(2010)が設置され、人身取引を重点活動課題として位置づけている。これまでの成果として、レファレンスマテリアルの制作、地域共通の基準を示す。2011年進捗報告書の公表などを行ってきた。

しかし、ASEANの地域枠組みと各国の取り組み状況には次のような問題点も多い。
 ①全加盟国が国連議定書の定義を受け入れているわけではない
 ②加害者訴追の法的枠組みが未整備の国も
 ③違法行為による収入の回復問題、逃亡犯人の引渡し、刑事司法相互支援などへの未対応
 ④被害者の保護に関する法制化が未了
 ⑤捜査技術のアップグレードに応じた人身取引防止法の更新手続きの遅れ
 ⑥人身取引阻止のための実施機関は数は増えたが、組織間の調整が不足
 ⑦ASEAN文化社会コミュニティでの取組み強化の必要性
 ⑧AICHR、ACWCが他の機関と調整し相互学習を図る場がないため、シナジー効果が期待できない。等

各国レベルでは、人身取引防止のための全国行動計画がほとんどの国で策定され、実施機関・省庁間カウンシルが行動計画の関係機関調整のために設置されている。UNやオーストラリアは、人身取引に関するメコン閣僚イニシアチブ(COMMIT)(2003)、人身取引アジア地域プロジェクト(ARTIP)を通じて各国取組みを支援している。しかし、訴追手続きが政府機関の様々なレベルでの汚職や非効率によって妨げられており、スタッフの能力不足・理解不足に妨げられるケースもあるという。

人身取引対策におけるNGOの活動も活発である。アドボカシーや人身取引防止の取組みで政府を補完。国別活動と域内横断活動の両面で様々な団体が活動している。主に啓発、情報普及活動に従事。その他にも、地方行政スタッフやその他ステークホルダー向け研修・オリエンテーションの実施や、被害者保護、法整備のアドボカシー、法廷における司法活動の支援等を行っている団体もある。

今後に向けては、本稿は、「予防」に重点を置き、根本原因である貧困、不平等、差別、女性と子供への暴力などの問題に先ず取り組むことが必要だと強調する。また、ジェンダー、人権の観点からは、国際人権スタンダードの遵守を推進することが必要だという。被害者の人権は保護されなければならない。

最後に、ASEANにおける人身取引対策の課題を以下の通りまとめてみる。

第1に、被害者支援と社会復帰にも配慮した包括的プログラムが人身取引防止戦略に反映される必要である。例えば、物的支援、身体的心理的ケア、被害者のための司法措置、目撃者保護措置(貴重な情報源だが、これ以上苦しませないような保障)、被害者による被害報告・告訴がなくても捜査・訴追ができる司法制度の検討などである。

第2に、コミュニティレベルでの予防措置の強化が、政府・NGO連携による住民啓発といった形でいっそう進められることが必要である。

第3に、法執行官間の有効な連携とキャパシティビルディングである。各国にてクルート済みの法執行官は伝統的越境犯罪には詳しいが人身取引に詳しいわけではないため、研修が必要。各々の専門分野で人身取引問題での専門性を高めるのが現実的。人身取引データの調和化に向けた政府間調整・サブリージョナル機関との調整・地方政府との調整の能力強化が必要。

第4に、ASEAN域内各国間の二国間取極めのいっそうの推進が求められる。

そして第5に、人身取引の需要サイドへの取組みの強化が求められる。既存の人身取引への介入は需要サイドへの働きかけを欠く男性中心の見方に基づくものが多い。UN人身取引補足議定書は、教育、社会、文化的措置により需要をくじく措置を批准国に求めている。労働搾取問題では、雇用する企業に対する倫理ガイドラインの適用が求められる。

以上が、レジメで書いたことを文章化してみたものである。人身取引削減に向けた国際社会、地域、各国の取組み結果は依然複雑で、域内協力・域内調整は依然必要だ。人権スタンダードは大幅に改善しても、人権侵害は依然横行している。特に、日本に住む僕たちも、需要サイドから人身取引や性的搾取に加担している可能性がないとも言えず、我が身を振り返ってみる謙虚さは必要ではないかと思う。


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宇宙恐竜ゼットン

> 我が身を振り返ってみる謙虚さは必要ではないかと思う。

福島第1の現場労働者も、人身取引に近い状況のようですよ。

by 宇宙恐竜ゼットン (2012-03-08 23:54) 

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