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『ブータン神秘の王国』 [ブータン]

ブータン神秘の王国

ブータン神秘の王国

  • 作者: 西岡京治・西岡里子
  • 出版社/メーカー: NTT出版
  • 発売日: 1998/11
  • メディア: 単行本

内容(「MARC」データベースより)
ヒマラヤに抱かれた不思議に懐しい国・ブータン。美しい自然と、もの静かで親切な人々。農業発展のために尽くした日本人夫婦の、生活者としての貴重な日々の記録。78年刊「神秘の王国」の改題改訂。〈ソフトカバー〉
商社の日本人駐在員マダムのショボいインド滞在記を読んだ後にご紹介するのは、駐在員マダムに対して大変フェアでないことは承知しつつも、本日ご紹介するのはさらに時代を遡る、1964年から75年にかけてのブータン滞在記である。

思うところがあって、「ダショー・ニシオカ」がどういう人だったのかを集中的に調べている。「ダショー」というのは、「最高の人」という意味のブータンの言葉で、普通は県知事や最高裁判事クラスの人にしか贈られない、名誉ある称号である。このダショーの称号を外国人として初めて贈られたのが西岡京治氏で、西岡氏以外にダショーになった外国人はいない(と思う)。パロ谷の農業生産性を飛躍的に向上させて全ブータンの農業のモデルに育てたこと、そこで農業機械の開発や稲・野菜の育種、農産品加工施設などを整備して、全国からの農業研修生の受け入れや、全国への種子の供給などを行なったこと、さらには中央ブータンの焼畑農業地帯シェムガンを住民とともに開墾し、稲や果樹・野菜の生産が行なえるようにしたことなどが西岡氏の主な功績である。

巨額の資金と技術者を投入した大型プロジェクトでもできないことを、西岡氏は手間ひまをかけ、心を込めて、ひとつひとつ取り組んでいった。本書は元々は1978年に書かれたものだが、1998年に再刊される際に若干の加筆が行なわれている。ダショー・ニシオカは1992年に28年間赴任していたブータンで逝去されている。そうした大きな変化をカバーするため、本書には「追記」が末尾に付されている。そこには、西岡氏がどのようなアプローチで農業技術協力に臨んだのかが書かれている。

「結局、村人の気持をどうとらえて、それをどういうふうに変えていくかということにあまりに時間がかかるのと、どうしていいかわからなくて途中で投げ出してしまう場合が多いのです。それで、援助というのは都市型になりやすい。都市の商業資本と結びつければやりやすいのですが、それだけではいびつになってしまうと思います。僕は最初から農村が豊かになることが国のためにつながると思って、そのようにやってきたんです。」

「村々へ行って、5年間に800回ぐらいミーティングをやりました。どこの村でも村人達が待ち受けているわけです。村があったら、そこで1泊して話をする。焼畑は生活が良くなるチャンスがないこと、今の世界で市場で木材がどれほど高いかという話をしました。とにかく村人の気持を変える方向に持っていきました。5年間で350以上の水路を作りました。全部露天掘です。技術者を連れて行くと測量屋が来て、テントがいって、それをかつぐ人夫がいって、旅費がかかる。それだけの費用があれば、村人達で露天掘りの水路が3本は掘れます。(中略)村人を定着させますと、新しい道路と橋が必要です。羽死と言うのはブータンでは建設局が作ることになっているのですが、立派な橋を作るには測量屋がいって土木技師が計算してと、つまり高くつくから、たくさんは作れない。川の上流の人と下流の人がサイコロ振って中流に1つ作ることになる。そういう開発システムを全部排除しました。現地には籐で吊橋を作る技術がありますから、籐をワイヤーロープに変えた。そうすると自分達で作れる。それで吊橋を17本かけました。ロープが次の20年間は安全と思いますので、20年後に豊かになっていれば、立派な橋に駆けかえればいい。まだ貧しければ、また同じようにやれば次の20年間使えます。そういうことで結局5年間終ってみますと、村人の力で水田ができ、橋をかけ、道路を作り、学校を建て、小さな病院もあちこちにできた。生活レベルが非常に良くなったということです。」

「僕がいつも技術援助で考えていることは、中央集中の排除です。常に地方に重きを置くこと、これをやらないと、普通の技術援助でいきますと、都市の商業資本がもうかって、それに合わせて人口が都市へ集まってくる。そうすると、クッキング用の薪が足りなくなる、LPガスを使うためのポンプが欲しくなる、……。それでも、都市だけはなんとかやっていく。結局地方は何もできていませんから、都市への人口移動が起こり、悪循環が続きます。地方の人々に生活に最低必要なものをまず満たすような援助をやった方が、長い目で見て国のためになると思います。」
 (以上、pp.247-249)

本書は、実は僕にとっては1998年以来二度目の読書だった。その間にパロ、ティンプー、プナカ、ブムタン、タシガン等を訪れる機会があり、土地勘を得た上での読書はとても味わい深いものになった。本書は西岡夫妻の共著というスタイルをとっているが、実際のところ西岡京治氏の方は究極の現場主義者で、現場での活動記録を克明に残されていない。西岡氏をブータンに派遣した日本の政府機関も、現地からの活動報告書がなかなか提出されず、西岡氏の活動をどう評価していいのか大変困ったようである。そんな経緯もあって、本書の実質的な著者は西岡夫人の方であったと思われる。

その夫人ご本人も研究者であったことから、本書には民族学的調査の色合いも強く出ている。同じブータンなのに、西部と東部とではチョルテンの形状が異なるとか、よく観察されているし、しかも単に自身で気付くというだけではなく、周囲のブータン人に相当な頻度で質問を投げかけ、自分の仮説が正しいのかどうかを検証している。今回の読み込みにおける僕の関心はダショー・ニシオカのブータンでの功績の方だったから、残念ながら文化人類学的な記述の多くは飛ばし読みしてしまったが、ブータンの風俗習慣、人々が使用している生活用具、乳製品の作り方、民族衣装の着付けなど、ブータンを訪れる人であれば予め知っておくといいようなお話が多く描かれている。

1990年代半ばに夫の転勤で嫌々インドについて行った商社駐在員妻の狭小なインド生活記と比べると、夫の赴任をポジティブに捉え、土地の人々に積極的に話しかけ、交流を楽しんだ1960~70年代のブータンの記録がどれほど面白いことか。長く読み継がれる本というのはこういうものなのだろう。

余談ながら久々に本書を読んでみて、ブータンにも養蚕があることを知った。1965年、夫妻は東ブータンのタシガンまで2ヵ月もかけて旅をしている。東部の養蚕地帯の視察と養蚕用の農業用地選びを目的とした出張だったという。タシガンから、南のインド国境に近いサムドゥップジョンカル県あたりまでが養蚕地帯なのだとか。ただ、ここでの養蚕は「ブラ」と呼ばれる野蚕飼養中心で、西岡氏の視察は、桑を食べる蚕を飼育することで、本絹の織物を作ることが目的だったのだそうだ。

 ブータン東端のタシガン県は野蚕(ブラ)の織物で有名である。ブラの織物は、キラもたくさん織られるが、本命はゴである。草木染めの黄、赤、緑色が基調で、いろいろな仏教的な紋様が織り込まれているのも、この国特有である。東の女性達は、畑仕事に加えて暇をみつけては織物をするので”働き者”だといわれている。お嫁入りをしても手に職があるので、男の人によくもてる。(p.104)

 通過する村々では、ブラのまゆが竹籠に入って、家々のベランダに置いてあるのが目についた。ブータンでは殺生をきらい、さなぎが蛾になってまゆを破って出てしまってから糸をとる。だから、まゆはどれもつぶれたようになっている。まゆは白っぽいものから茶色のものまで、さまざまである。家々のベランダに置いてあるまゆは、自家用に糸をつむぐものもあるが、ほとんどは、冬の間国境近くのサムドゥップジョンカルに立つ市(メラ・バザール)で取引されるという。(p.211)

 ブータンの人達は、少しでも美しい織物を織ろうと、上質の本絹の糸を手に入れることにやっきとなっていた。そして日本の着物が絹であることを知ると、どうにかして日本から絹糸を買うことはできないだろうかと、よく相談を持ちかけてきた。東ブータンの養蚕地帯で、ブラのまゆを見ていると、主人達の構想が早く実現したら、どんなにかいいだろうと思うことがしばしばであった。(p.212)
ただ、1965年に行なわれたこの現地調査がその後どう発展していったのか、タシガンやサムドゥップジョンカルでは桑蚕の飼育が活発に行なわれるようになったのか、本書にはそこまでは書かれていない。僕も2007年10月、タシガンから南のカンルン、カリンまで足を伸ばしたことがあるが、その地域が養蚕地帯だと知っていたら、そして当時既に養蚕について少し調べようと考えていたとしたら、もう少し違った旅の仕方をしていたかもしれない。今となっては後の祭りだ。

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toshi

1988年12月、ブータンのパロで西岡先生とお会いしました。
by toshi (2012-06-10 07:39) 

旅人

ブータンに何度か行ったことがあり、私もこの本を読んだことがあります。管理人さんは、鋭いですね。私もこの本は、奥様が書かれたものだと思います。今ブータンの社会全体がどんどん変わっているように思いますので、古き良きブータンの社会を記録している貴重な資料だと思います。ところで、最近「ブータンの花新版」を出されました。北海道大学出版会からです。この12章にも「ブータンの民族植物学」が描かれています。http://hup.gr.jp/modules/zox/index.php?main_page=product_book_info&products_id=801に、目次があります。ご参考まで。


by 旅人 (2013-12-05 01:23) 

Sanchai

旅人さん、コメントありがとうございます。
何度もブータンを訪れることができるとは羨ましいです。
by Sanchai (2013-12-07 08:41) 

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