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『生きていく民俗』 [宮本常一]

生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)

生きていく民俗 ---生業の推移 (河出文庫)

  • 作者: 宮本 常一
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2012/07/05
  • メディア: 文庫
内容(「BOOK」データベースより)
海の民、山の民、川の民、村の民、町の民。それぞれの職業との関わりとその変遷、またお互いの交流・交易のありようとその移り変わりの実態を、文献渉猟、徹底したフィールド調査、そして刻明な記憶をまじえながら解明していく、生業の民俗学の決定版。差別・被差別の民俗学とも深く結び着いてゆく。
10日間にも及ぶ長期出張には、それまで長く積読にしてあった文庫本を携行してきている。今回も南インドの農村を訪問する機会があったので、その前に明治から昭和初期にかけての日本の農村はどうだったのかを確認しておきたいと思い、河出文庫が最近続けざまに出している宮本常一の著作の復刻版の最新刊を読み始めた。

残念ながら、日程が思いのほかタイトで、50頁ほどしか読み進められないうちに農村訪問を迎えてしまい、それはそれでちゃんと聞き取り調査をやったけれども、本書を参考にして質問を組み立てるところまでは至らなかった。残る200頁ほどは、バンガロールからの移動日にまとめて読み切り、僕が農村で見てきたことと日本の昔を対比してみるという読み方をした。

そういう視点から興味深かったのは、序章の第1節に書かれている「きらわれる農業」である。「いくら働いても将来土地をふやしていくこともむずかしいし、収入を倍加することも容易ではない。しかも労働は決して楽にならない。そういう仕事に対して力いっぱい取組んでみようとする若者はたいへん少なくなってきた」(p.10)とあるが、それに近い現象を、バンガロールから90㎞ほど離れた農村でも見出すことができた。

インドは均等相続なので、何世代にもわたって兄弟何人もいる世帯では、農地がどんどん細分化されてきている。「小さくなりすぎて、あまり儲からないから、子供たちには農業を継がせるつもりはない」という農家が大半だった。子供の数は1~2人で、大学にも行かせられるようにはなってきている。でも、そうして所得が増えてきたからこそ、次のステップへの移行は、第1次産業での就業ではなく、第3次産業での就業が中心となってくるのだろう。

「女のおびただしい離村は、家業としての農業をつきくずしはじめている。家職・家業がしだいに姿を消して、子が親の職業を継がなくなることが一般になったとき、また出稼から解放されたとき、初めて近代化したといえるのであろう」(p.244)――宮本が日本についてもまだまだ遠い距離があるように思うと結んだのは1965年、僕が生まれる2年前のことだ。今は既に「近代化」を通り越して次の段階を迎えようとしているが、上で書かれているようなことはすでに南インドでも起きている。僕がお邪魔した農家では、長女がMBAを取得してバンガロールで働いているというのである。

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《ココナッツを振舞ってくれた農家のご主人、娘は都会で就職している》


農村国家として発展してきた日本は、自給を原則として、自給経済を維持するための村を形成してきた。生活に必要なものはできるだけ地域で入手可能な材料を用いて製作し、どうにもならなければ交易により外部から調達してきたのだという。農民は余分な時間があれば藁仕事やその他生活に必要な物資の製作に充てていた。それも、意外と最近まで行なわれていたのではないかと思う。

藁仕事といえば、祖母が離れの小屋で夜なべ仕事でやっていたのを覚えている。藁のむしろの他に、何を作っていたのかは今となってはあまり思い出せない。本書を読みながら、そうした祖母の姿を思い出していた。苦しい生活の足しにということで、母方の祖父は戦後養蚕を営んでいたという。母の実家には昔ここでカイコが飼われていたと思われる小屋があったのを僕も覚えている。いずれの小屋も今は取り壊され、新しい家屋に建て替わったり、別の土地に全員引っ越したりして、今は昔の面影すら残っていない。時代の移り変わりだろう。

読みながら、祖母の生前を懐かしんで少ししんみりしてしまった。

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