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歴史を掘り起こす仕事 [仕事の小ネタ]

新年度に入ってすぐに自分自身にとっては非常にチャレンジングな出来事があったりして、慌ただしく3週間近くを過ごしてきてしまったが、実は4月1日は僕にとってはあまりありがたくない日だった。多忙で気持ちを紛らしたけれど、働くモチベーションには水を差されたという気持ちは正直ある。

何が起こったかここで詳述してもしょうがないが、簡単に言えばこういうことだ。第一に、僕ができたら次の異動で行きたいと人事に希望していたポストが軒並み埋まってしまい、向こう1、2年は空かないことになってしまった。第二に、そのポストが次に空くまで待っていても、僕は年齢的にそのポストに就ける見込みがかなり薄いことがなんとなくわかってしまった。僕が希望していたキャリアパスはどうも希望通りには歩ませてもらえないらしい―――そんな思いを強くした。

目の前の仕事に集中することで気持ちは紛らわした―――と言いたいところだけど、実際にはここではとても書けないようなことが幾つかあったし、仕事だけじゃなくて酒で紛らわしたところもあるし、自宅で妻を相手に心情を吐露したこともあった。

今目の前の仕事にベストを尽くしていないというつもりは決してないけれど、これは自分のやりたい仕事ではない。僕は世の中の流れの先を読んで、先手を打って社内の各部署を焚き付けて準備をさせる未来志向型の仕事よりも、自分たちの歩んできた道をふり返り、何をどうして結果どうなったのか、そこから何を学ぶ必要があるのかを整理する、或いは放っておいたら埋もれてしまいそうな先輩の方々の成果とそれを得るために払われた努力にちゃんと光を当て、それを若い世代の後輩たちに伝えられる形で記録に残す、そして望むらくはそういう記録が社内だけではなく、外部の人々からも評価を受け、我が社の名声が高まる―――そんな仕事がしたい。

今の部署では残念ながら、後ろを振り返るよりも前を見て行動することの方が求められるが、10年先、20年先を見越して各部署に働きかけても、その頃には僕は会社にいない。むしろ、残り少ない我が社での人生、自分たちがやってきたことにどういう意味があったのか、その歩みに価値を見出すような仕事がしたい。それは再三人事に対してアピールし続けているところだが、僕が今の仕事に向いていてそれなりに成果を出しているというありがたい誤解をして下さっている方が意外と多い。

そんな折に、昨年12月のカンファレンスでお目にかかった山口大学農学部の山本晴彦先生から、先生の近著の謹呈を受けた。最初は2冊、さらにはもう1冊送っていただいた。

満洲の農業試験研究史

満洲の農業試験研究史

  • 作者: 山本 晴彦
  • 出版社/メーカー: 農林統計出版
  • 発売日: 2013/04
  • メディア: 単行本

帝国日本の気象観測ネットワーク―満洲・関東州

帝国日本の気象観測ネットワーク―満洲・関東州

  • 作者: 山本 晴彦
  • 出版社/メーカー: 農林統計出版
  • 発売日: 2014/01
  • メディア: 単行本

帝国日本の農業試験研究―華北産業科学研究所・華北農事試験場の展開と終焉

帝国日本の農業試験研究―華北産業科学研究所・華北農事試験場の展開と終焉

  • 作者: 山本 晴彦
  • 出版社/メーカー: 農林統計出版
  • 発売日: 2015/04
  • メディア: 単行本

山本先生がこうした研究に足を踏み入れるきっかけとなったのは、毎回前書きに書かれている次のエピソードである。1998年6月から8月にかけて、中国東北部(旧満洲)に流れる大河・松花江で年間降水量の約2倍にも及ぶ記録的な降雨に見舞われ、流域では大規模な洪水災害が発生した。山口大学農学部に先生が赴任された直後に博士論文の副指導に当たられた中国人留学生で、その当時北京師範大学の副教授をされていた教え子からの要請で、先生は吉林省長春市に赴いた。東北部各地で洪水被害の現地調査を終え、長春に戻って東北師範大学で洪水解析のための雨量データの収集を試みた。洪水解析には長期にわたる雨量観測記録に基づく解析を行う必要があるが、現地には1949年からの雨量データしか見当たらないことに気付いた。そn理由を尋ねると、「我々は、1949年以降の中国建国以降の気象データは用いるが、1945年以前に偽満洲国で観測された気象データは使用していない」という回答だった。

その時はさほど気にも留めずに帰国し、報告書を作成してしばらく経った。そして、2002年の秋、山口大学経済学部の東亜経済研究室を訪ねた先生は、ひょんなことからこの研究室に古い満洲の資料が沢山あることを知った。東亜経済研究室は、旧制専門学校の山口高等商業学校の時代に開設された「東亜経済研究所」を引き継いだ図書部門で、先生はそこに所蔵された膨大な資料の中から、南満洲鉄道株式会社が編集・刊行した気象報告を見つけ、日本統治下にあった満洲各地で、当時観測された気象観測の記録が現存することを知った。

これを契機に、戦前に約40年にもわたって収集された気象観測データと、新中国建国以降に観測された気象データとを統合し、100年にわたるデータベースをコツコツと構築した。そこからは、中国東北部でも進む温暖化の影響が観測できる、極めて有用なデータベースとなっている。

気象観測データだけではない。先生が90年代末に現地で調査をされた際、農業研究データについても1945年以前のデータが利用されていない現状を確認していた。先生がその後東亜経済研究室の満洲資料を紐解く中で、当時の満洲では各地に農業試験場が設けられ、農業試験研究が1945年まで実施されていたことを確認していた。そこから、当時農業試験場で何が行われていたのかを紐解く地道な史料収集がスタートした。

農業試験研究の場合、終戦時、試験場の管理職の多くは、技術留用者として即時帰国が許されず、新中国の農業試験研究の発展のため、現地での勤務を継続することになった。中にはその後全く帰国せず、中国に骨を埋めた研究者もいたらしい。彼らが支えた農業試験研究は、その後多くの研究業績を生み出し、中国東北部の農業生産技術の発展に多大な貢献をしたことが既存史料や論文から読み取れるという。また、留用が解かれて帰国した研究者は、大学や農林水産省の試験研究機関に職を得て、戦後日本の農業生産技術の向上にも大きく貢献したらしい。

そういうのをちゃんと記録として整理して残しておかないと、世代交代が積み重ねられるにつれて、忘れ去られる可能性が非常に高いと思う。こうした歴史の一側面を幾つかの論文ではなく書籍として纏めておくことは、今すぐにその有用性を評価されることはなくても、いずれ必ず再びスポットが当たることがあるだろう。

山本先生からいただいた本を拝読して、先生ほどのレベルではなかったとしても、僕がやりたい仕事というのはこれに近いものなのだと強く認識した。僕も、こういう仕事を積極的にやらせてもらえるような役職に就ければこれほど嬉しいことはないが、仮に上に振り回されてクソ忙しいだけの今の役職をお役御免となり、窓際の閑職に置いて頂けるような時期が来たら、卒業試験だと思って個人的に取り組んでみたい仕事であり、しかも具体的なテーマで密かに温めているものがある。

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