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『日本残酷物語』を読む [宮本常一]

『日本残酷物語』を読む (平凡社新書)

『日本残酷物語』を読む (平凡社新書)

  • 作者: 畑中 章宏
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2015/05/18
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
高度成長の坂道を登りつつあった昭和30年代半ば、宮本常一、谷川健一らが中心となって平凡社から刊行された『日本残酷物語』。名もなき民衆の営みを「物語」として記録した、この叢書はその後の民衆史、生活史のみならず、記録文学などにも大きな影響を与えた。新たな民衆像を求めて描きだそうとしたのは、いかなる「日本」だったか。「最低辺に埋もれた」人びとの記録。

久しぶりに宮本常一絡みの本を読んでみようと思った。この新書は6月には既に購入し、息抜きがしたい時用に蔵書としてとっておいたものだが、今が読み頃かと思い、手に取った。1959年から61年にかけ、平凡社から全7巻が出版された『日本残酷物語』は、宮本常一、山本周五郎、楫西光速、山城巴の編著となっているが、実質的には宮本常一と平凡社編集長だった谷川健一の共同編集といってよい。

このシリーズが慣行に至った背景と、全7巻の概要を紹介したのが今回ご紹介する1冊である。『日本残酷物語』自体は各巻非常に分厚く、たとえその一部は宮本執筆で過去に僕が読んだ宮本の著作の中にも含まれていたものがあるとはいえ、全巻読破には相当時間がかかりそうだ。だから、実際に各巻を読み始める前に、全体像を把握しておくのはそれなりに時間の節約にもなる。逆にわかった気になってしまって実際に各巻を読もうという気持ちがなかなか起きなくなるのはリスクとは言えるだろう。

この本にはいろいろ読み方があると思う。僕の場合は、僕が生まれる以前に存在した、日本における最底辺の人々の姿を、一度コンパクトに学んでおきたいと思ったからである。

このところ、僕は「人間の安全保障」について度々ブログ記事で言及している。「人間の安全保障」を日本が訴えても国際社会に対する説得力に今一つ欠ける理由の1つは、日本自身が国内において人々の直面する恐怖や欠乏に対して十分な働きかけができておらず、国内に住む人々が尊厳をもって暮らすことが必ずしもできていないという現状があると思う。日本で人間の安全保障が侵されている状況とはどういったものなのか、現状を指摘することはもっと可能なのかもしれないが、昔はもっとあったに違いない人間の安全保障の侵害状況と、それを過去の日本はどうやって乗り越えてきたのかを、少しぐらいは考えて居たいと思った。

僕は昭和30年代に書かれた『日本残酷物語』を、概説している本書を読んでみての率直な印象は、昭和30年代以前の日本の脆弱な生活基盤の下で暮らしていた人々の当時の状況は、今のインドの状況とすごく似ていたということがわかった。今の開発途上国での人間の安全保障の侵された状態というのがどういうものなのかを包括的に捉える上で、『日本残酷物語』に見られる昭和30年代までの日本の最底辺の人々の置かれた状況を総ざらいしておくのは意味あることだと思う。

日本ではこの「残酷」な状況にあった人々のことが、高度成長期を経て忘れられていってしまったわけだが、当時の日本よりも進んでるところははるかに進んでいる今のインドで、当時の日本と同じ残酷な状況が片やあるという、とんでもない大きな格差が存在していることが大きな問題なのだと改めて理解した。

今後インドもしばらくは高成長が続くかもしれないけど、この格差が容易に解消されるとはとうてい思えない。儲けられる奴はどんどん豊かになる一方で、山間地で依然として原始的な狩猟・採集に基づく生活を営んでいる先住民もいるわけだ。「忘れられる」ことが「駆逐される」ことでないことは祈りつつも、それではどんどん進む都市部の近代化と、置いてきぼりを喰う農村や山間地の伝統的生活との間で、どうやったら折り合いがつけられるのか、簡単には答えを見つけられない。

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