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『ままならないから私とあなた』 [朝井リョウ]

ままならないから私とあなた (文春e-book)

ままならないから私とあなた (文春e-book)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/04/10
  • メディア: Kindle版
内容紹介
「レンタル世界」――先輩の結婚式で見かけた新婦友人の女性のことが気になっていた雄太。しかしその後、偶然再会した彼女は、まったく別のプロフィールを名乗っていた。不可解に思い、問い詰める雄太に彼女は、結婚式には「レンタル友達」として出席していたことを明かす。
「ままならないから私とあなた」――成長するに従って、無駄なことを次々と切り捨ててく薫。無駄なものにこそ、人のあたたかみが宿ると考える雪子。幼いときから仲良しだった二人の価値観は、徐々に離れていき、そして決定的に対立する瞬間が訪れる。
正しいと思われていることは、本当に正しいのか。読者の価値観を心地よく揺さぶる二篇。

ブータンに赴任してきて25日でちょうど1カ月となった。毎日が慌ただしく過ぎるのに、1週間が1カ月にも感じる。着任1カ月というが、気持ちとしては長いなぁという印象だ。

高地だからというのもあるし、心理的なプレッシャーもあるのだろうか、こちらに来てから時折胸の苦しさを感じることがある。それ自体はもうなんとか付き合っていくしかないなと思ってやり過ごしてきたところではあるが、さすがに1カ月近くなると体の他のところにも影響が出てきた。

24日、僕は久しぶりのひどい下痢をやった。朝から出るものがすべて液体と化している。午後になって症状はさらに悪化し、1時間のうちに何度もトイレに駆け込むひどい状態となった。翌日に持ち越せる仕事はすべて後回しにして、定時で退社してアパートへ戻った。何も食べる気がせず、ベッドに直行。毛布にくるまったところ、異常な寒気を感じて震えが止まらなくなった。みるみる体温が上がっていく自分を感じ、実際に体温計で計ると、38.1度あった。平熱が36度台前半の僕にとって、38度台は異常事態だ。解熱剤を飲み、着られるだけの厚着をして、再び毛布にくるまった。すぐに熟睡できるわけでもなく、睡眠導入作用がありそうなことをやるしかない。専門書や洋書なら眠れるが、意識朦朧の中でそんな堅いものを読んでられるわけもない。

そこで思い付いたのが、Kindleで小説を購入すること。物色していたら、僕の高校の後輩、朝井リョウ君が新刊を出しているではないか。さっそくダウンロードして読み始めた。寝るのが目的だから、お陰でその晩は早々に寝てしまい、読みかけの部分を読み切ったのは翌日夜であった。

こういう世界は小説の中だけにしておいて欲しいなぁというのが率直な感想だ。収録されているのは2作品だが、トータルで270頁強あるうち、「レンタル世界」はわずかに3割弱、残りは表題ともなった作品に充てられている。どちらの作品も、僕らが当たり前だと思っている価値観に対して、変貌を遂げてきた現実世界が別のリアリティを突き付けている。

「レンタル世界」は、残念ながら読んでいるうちにオチが見えてしまった。確かにそうしたレンタル業の話は耳にする。存在はしているんだろうけど、そういうのでその場はやり過ごせたとしても、その嘘がばれないように取り繕い続けるコストって馬鹿にならないような気がする。でも、そういうその場しのぎが通用してしまうほど、僕らは人間関係が希薄になってきたのだということなのだろう。こんなの、どこかで誰かと誰かがつながっているのが当たり前のブータンじゃ絶対に通用しない商売だ。

さて、本書のメインは表題ともなった「ままならないから私とあなた」の方だろうからそちらに話を移す。朝井クンの作品としては珍しく、小学生時代から話が始まっている。静かな立ち上がりで、このまま小学生を主人公にした作品なのだろうかと思っていたら、小学生時代に既に登場していた雪子と薫、そして同じクラスメートの渡邊君というのがそのままずっと20代半ばを迎えるまで絡まり合いながら話は進んでいった。特に小学生の雪子が好きになった渡邊君との恋が両想いでめでたく成就し、8年間にもわたって付き合い続けているというのは僕らにとっては理想過ぎて、その部分だけ読んでて羨ましく感じるところはある。

その一方で、薫の言動は結構気になる。小学生時代からそうだが、中3、高校、そして大学院と、発言の内容がエスカレートしていっているように思っていたところに、最後の雪子と薫の決定的な対立が生まれるという筋。これだけ長い間仲良しだと信じていた相手が、実はその過程で自分のデータを集めていたのだと知り、しかも自分がこれからやろうとしていることを先取りしてしまうというような事態が起きるのはたまらないだろう。しかも相手はそれを良かれと思ってやっていたというのだから。データの怖さを突き付けられる作品だと言える。

この作品で感心するのは、雪子と薫の成長過程をこれだけ長い期間にわたって描き続けるのだから、その時々の年齢相応の両者の会話がなされなければいけない筈だが、小学生、中学生、高校生時代の彼女たちの会話が、その世代の子供たちの普通の会話としてちゃんと描かれているというところ。逆に、決定的な対立点に至った20代半ばでの両者の会話は、1つ1つのセリフがかなり長めで、この年代の人が本当に言い争っている時ってこんな会話なんだろうというのが想像できる。朝井リョウ、恐るべき表現力だ。ただ、彼が昨年パーソナリティをやっていたオールナイト・ニッポンを聴いていると、「ままならない」という表現自体、朝井クンはかなり好きそうだなと想像できる。

今回はネタバレに近い内容で書かせていただいたが、僕らと同様の常識的な価値観を有する人間の代表として両作品に登場した雄太と雪子が、その価値観を揺さぶられた後どうなっていったのかまでは描かれていない。読者の想像にお任せしますというところで終わっていて、著者は結局、どっちの側なのか立場は明確にしていない。答えは両極端の間のどこかにあるんだろうけど。

最近の朝井クンはアイドルや女優のような特殊な世界を舞台とした作品が続いていたが、今回の作品は『何者』とも似た作品で、受け入れがたい部分もあるものの、そういうものと向き合っていかないといけないのかなと気付かされるいい作品だと思う。

さて、僕の体調ですが、熱は下がったものの、下痢は相変わらずひどい。
―――ままならないのが私のおなか。
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うしこ

おなか、早く良くなるといいですね。お大事に。
by うしこ (2016-05-26 19:53) 

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