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『国土計画を考える』 [持続可能な開発]

国土計画を考える―開発路線のゆくえ (中公新書)

国土計画を考える―開発路線のゆくえ (中公新書)

  • 作者: 本間 義人
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1999/02
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
列島改造、田園都市構想など時々のコンセプトを掲げて国土を開発してきた「全国総合開発計画」は日本の現在の豊かさの原動力となった。反面、中央主導、公共投資重視によって環境破壊、東京一極集中をもたらし、地価高騰、政官財界の癒着を生み出したのも国土計画であった。しかし98年に策定された新計画にこの反省は生かされていない。地方分権と行財政改革が迫られている現在にふさわしい国土計画とはどのようなものであるべきか。

10月3日(月)の全国紙クエンセルに、「日本が360万ドル相当の支援をコミット(Japan commits USD 3.6M in assistance)」という見出しが躍った。ブータンのメディアは外国による支援はすぐに供与総額を見出しにしたがるので、この記事のヘッドラインだけ見ても何のことだかよくわからないが、記事をよく読むと、2030年を目途とした全国総合開発計画の策定を支援することらしい。「全国総合開発計画(全総)」といったら、ブータンの人々がこの国を長期的にどのような国土と社会にしていきたいのかという理念を形にするものなので、外国の援助機関が協力するとはいえ、ブータンの人々がどう考えるのかが大事だと思う。ターゲット年が「持続可能な開発目標(SDGs)と同じだし、この策定のプロセスは2018年7月から始まる第12次五カ年計画の策定プロセスとも軌を一にする。それだけにこの全総策定は非常に重要な計画だ。いろいろな考え方があると思うが、それをうまく引き出して、集約していく作業に協力するJICAの責任は重い。

ということで、少しばかり日本の全総の経験をおさらいしておこうかと考え立ち、こんな本を読んでみた。出版年は1999年と古いが、一般には「全総」という言葉は1998年の五全総―「21世紀の国土のグランドデザイン―地域の自立の促進と美しい国土の創造」では使われなくなったので、この時点を区切りとして過去の全総の振り返りをしている本書の論点は今でも有効だと思う。著者はこの通称「五全総」で同じ失敗を繰り返すのかという問題意識でペンを取られたのだろうが。

面白かったし、参考にもしたい記述が随所に出てくる。これらを列挙するだけでも相当なボリュームになるが、幾つか拾ってみれば、それだけでも本書の全体のトーンはわかるだろう。

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開発至上主義でさまざまなひずみをもたらした過去の教訓

長期的にどういう構造の国土と社会をつくっていったらいいのかを指し示す「理念」

具体的な公共投資の計画は、それぞれの地域がその「理念」「哲学」に添って、自らの特性に対応して立てるべき

計画の主体となるのはあくまで地域

国土という地域内で、土地をとりまく諸条件を改善し、産業の立地を決めて、人口配置を計画的におこなうための社会資本整備などの事業を総合的、長期的に推進する計画

国内資源を活用しながら経済自立を図るしかない

経済計画からブレークダウンして(落として)国土計画が策定されるという、その後のパターンが定着することになる。国土計画は、経済計画の目標実現のための手段として利用されることになるのである。しかしこれ以降、国土計画は経済計画としてのこの意義のほかに、時の政治権力の計画主題実現の手段としての意義をも強めていくことになる。

戦前戦後を通じて国土計画とは、時の国家権力の意思そのもの

国家による日本列島のグランドデザイン

地方は自らの開発計画に落としたい事柄を全国総合開発計画に示してもらえれば、それがトップダウンされてくるのだから、都合がいい。

政・官・財界の構造的癒着

国土計画は土木国家をつくりだしている土壌そのもの

国家プロジェクトにぶらさがっても、県民生活水準の向上には必ずしもつながらない

工業開発により日本が公害列島化した

新産業都市は工業の拠点はつくったが、文化や教育も含めて豊かな生活を保障する都市づくりはおこなわないできた。そのため人々の東京への集中が絶え間なくつづいたのであった。

一全総は、日本列島の国土構造を、公害をばらまきつつ大きく変えた。その一は、太平洋ベルト地帯を中心に重化学工業を中心とする新しい工業地域を大量につくった。その二は、東京への一極集中を加速し、都市化が全国的にはじまり、その結果として、第三の減少として地方からの人口流出を促し、多くの地方の過疎化に拍車をかけた。

拠点開発なるものの「目的が経済主義だったからである」

計画自体がハードに特化していて、文化、教育といったソフト面にまで行き届かなかった。

国家プロジェクトとしての工業先導型の地域開発が全国でいっせいに展開された場合、成功するのは1、2カ所

プランナーをいくらかでも免責する理由があるとすれば、それは民活と、その後のバブル崩壊の旋風が予想以上に激しく吹き荒れたことにあるかもしれない。しかし、そのツケは不良債権を大量に抱えた金融機関に対する公的資金投入というかたちで、結局は国民に回ってくることになる。時の権力やプランナーは国民にその責任を明らかにする必要があるのはいうまでもないが、それを問う声はなかなか起こらないでいる。そうした国民の意識がまた、このような国土計画を生んできた原因にもなっているといっていいだろう。

四全総は天の声ではじまり、民活旋風で終わった国土計画

初期のそれはわが国の経済と社会を高度成長にテイクオフさせるうえでは大きな役割を果たした。各地に工業生産の拠点をつくり、交通・通信のネットワークを張りめぐらせ、以降の「ハンエイ」の基盤となる国土をつくった。しかし、日本列島に大きな傷跡をも残し、社会にひずみを生じさせた。公害病患者がなお苦しんでいた李、地価高騰の影響により、本来美しくあってしかるべき伝統的なまちなみが見るかげもなく乱開発されてしまった例にそれらを見ることができる。

三全総は、国土計画を策定しなければならない義務ゆえにつくられた感が深い。つまり計画のための計画である。というのも、今日振り返ってみて、よくもわるくも国土にインパクトをもたらしたとはいえないからである。四全総もそうした側面を有するが、こちらは中曽根民活とドッキングすることによってバブルを引き起こし、今日の経済、社会の混乱の元凶になった。いずれも計画行政としては失敗であり、その意味で計画行政はもはや行き詰ってしまっている。

従来型の国土計画はもはや不要

霞ヶ関が国土をデザインする必要なもはやなく、それぞれの地方が自らの地域の将来をデザインし、活性化につなげる、その各地方の活性化というか地域を想像する計画を積み上げたものをもって、日本列島全体のデザインとする、そういう時代がきているのではないだろうか。

地域のすべての人々の人権が保障されている地域をつくること

地域の人々がその地域の産業で生活しうる共同体をつくること

グリーンフィールドの完全保護

横並びでない個性ある地域をつくること

裏通りに重点を置くこと

地域づくりの整備手段を、産業基盤(第二次産業に関わるもの)中心から市民生活を充実させる方向へ、つまり一時的な経済効率を目指したものから継続的な生活を重視したものへ転換させなければならない。

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どうでしょうか。これから全総を策定するブータンにも、参考になるようなメッセージがいっぱい含まれているように思える。「開発至上主義」や「経済成長至上主義」にはならず、あくまでも「持続可能な開発」「国民総幸福量の最大化」を上位目標に掲げた全総であってほしいと強く願う。本書の著者が最後の提言で述べている5項目なんか、そのままブータンにも当てはまるものが多い。

日本が初期の全総で犯した失敗――環境破壊や東京への一極集中等の経験からもブータンは学べる良い機会であるともいえる。放っておいたらティンプーにどんどん若者が集まってきてしまい、地方の疲弊が進んでしまう。そんな流れにブレーキをかけ、魅力的な地方を作るにはどうしていくか、地方の人々を巻き込みつつ、また都市に住む地方出身者の地方への思いもくみ取りつつ、良い計画を作っていってもらいたいものだ。

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