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『「その日暮らし」の人類学』 [仕事の小ネタ]

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 (光文社新書)

  • 作者: 小川 さやか
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2016/07/14
  • メディア: 新書
内容紹介
わたしたちはしばしば、「働かない」ことに強くあこがれながらも、計画的にムダをなくし、成果を追い求め、今を犠牲にしてひたすらゴールを目指す。しかし世界に目を向ければ、そうした成果主義、資本主義とは異なる価値観で人びとが豊かに生きている社会や経済がたくさんあることに気づく。「貧しさ」がないアマゾンの先住民、気軽に仕事を転々とするアフリカ都市民、海賊行為が切り開く新しい経済・社会……。本書では、わたしたちの対極にあるそうした「その日暮らし、Living for Today」を人類学的に追求し、働き方、人とのつながり、時間的価値観をふくめた生き方を問い直す。

途上国で暮らしていてよく聞く話として、「将来の夢を絵に描いてみて下さい」というと、何を描いたらいいのか困ってしまう子どもが多いというのがある。そもそも子どもたちの周りに1つの「これ」という職業だけで食っていられる人のケースは少ないだろうから、子どもが目の前で見たことがあり、彼らなりに想像ができる仕事といったら、「教師」とか「医師」とか「エンジニア」となる。

それが、もう少し年齢を重ねて、高校生や大学生になってくると、ブータン人のなりたい仕事のの圧倒的なトップは、なんと「公務員」である。地方に行けば農業セクターの仕事は多いし、土木作業なんて、あんなにインド人の出稼ぎ労働者を受け入れているくらいなのに、若い人はこういう仕事はやりたがらない。3Kは嫌なのである。つい最近わかってきたことだが、大学でエンジニアリングを学んでいる学生も、手を動かしてものづくりを極めるというよりは、日本だったら中高生レベルの電子工作を大学の卒業制作で行い、卒業したら手など動かさず公務員を指向する人が圧倒的に多い。ましては身に着けた技能でひと山当ててやろうなんて起業家精神旺盛な奴というのも少ない。少なくとも為政者はこの国の若者の問題点はわかっていると思うが、若者がそれに応えるような進路選択をするかどうかは別の話である。

では、農業セクターや土木作業では働くぐらいなら、運よく公務員になれるチャンスを待って毎日クエンセルの求人欄をチェックし、ひたすら応募書類を書き続けながら都会で失業状態で過ごしている方がいいと考えるブータンの若者が、どうやって無収入状態での生活を維持できるのか―――これは僕にとっては謎であり、そのうちに何らかの答えを探さないといけないなと思っている。

そんな問題意識を常々感じながら、先月末から今月初旬にかけて読んでいたのが本書である。

本書の目的を、著者は次のように語っている―――。
本書では、「Living for Today」――その日その日のために生きる――を巡る価値や実践、にんげんかんけい、その連続として立ち現れる社会や経済のありようを明らかにすることを通じて、わたしたちの社会で支配的である未来優位、技術や知識の蓄積にもとづく生産主義的・発展主義的な人間観に問いを投げかけることを目指している。

本書のもう1つの狙いは、Living for Todayを前提として組み立てられた経済が、必ずしも現行の資本主義経済とは相いれないものではないことを示すことにある。

つまり、1つの技術や技能をどんどん突き詰めて専門性を高めていけば、1つの収入源で食っていけるというようなケースは世界的に見れば稀で、そんなことをやっていくよりは、知識や技能は広く浅く、ほどほどにして、何にでも対応できるようにして、1つ1つの収入源は小さいけれどもそれを多角化して、なんとか食いつないでいく、「その日暮らし」の生き方というのが多いのだということに気付かされる本なのである。

僕らは自分たちがそうであったから、どこの国の社会を見るにしても、1つの収入源に頼る生計実践が正しい道なのだと勝手に思い込んでいて、「その日暮らし」は不幸な状態だと断じてしまっているけれども、実はそこで暮らす人々にとっては、与えられた選択肢の中でできることをやって、その日その日を生き抜く、立派なん生存戦略なのだ。そういうことに着目したという点で、この本は極めてユニークだと思う。人とのつながりを持ち、どこにでも適用できる技能を身に着けていれば、どんな状況に置かれても取りあえずは食っていける。

本書は基本的に著者がタンザニアと中国広州で行ったフィールドワークを元に書かれているが、日本のこれからの社会のあり方を考えていく上でも有効な視座を与えてくれる1冊だと思った。少なくとも我が子の将来を考える上で、こういう生き方もいいなあと思わせるものがある。

ここからは、例によって本書からの抜粋。

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インフォーマルセクターのグローバルな勢力の台頭に着目した研究は、これまで偽装失業層や就労貧困層の生存戦略としてみなされてきた経済の新しい可能性に光を当てた。だが、そうすることで、逆に従来のインフォーマル経済研究が論じてきた日々の無定形な生計実践に対する関心から遊離していく傾向にある。

技術障壁をベースとしたマタイ効果(持っている者はより豊かになり、持っていない者はさらに奪われてくこと)は、インターネットによるオープンリソース化と弱い紐帯の力の解放により、有効なパラダイムではなくなった。

匿名の人々による知識の提供――親切心、好奇心、あそび心、つながりを希求する行為――によるウィキペディアの編纂は、専門家による辞書編纂と比べて圧倒的にスピーディに情報を集められ、またそこでの情報が必ずしも信頼できないわけではない。同じように、企業が生産から組み立て、品質管理までのすべてを抱え込んでおこなずとも、「自分のできる一部」を担う零細企業どうしが、自由市場での柔軟な協力・駆け引きに基づき部品・製品をやり取り・カスタマイズしていっても市場に耐えうる製品ができる。

中国とアフリカをはじめとした発展途上国間の草の根のインフォーマル交易の台頭に注目した研究者たちは、かつて偽装失業層の生存戦略として「取るに足らない」とみなしてきたインフォーマル経済が、いまや主流派経済にとって無視できない存在になり、国家を単位としたインフォーマル経済の視座では、トランスナショナルな交易のダイナミズムは捉えられないとして「下からのグローバル化」などの代替的な用語を提示し、それに積極的な意義を見い出し始めた。

研究者たちは、「下からのグローバル化」は実のところわたしたちと同じ資本主義経済の論理で動いており、むしろ「より徹底的に新自由主義化」した経済システムを形成していること、しかしより人間主義的な新自由主義の論理で動いており、主流派の経済システムが生み出している問題や不公正を解決する場となっていることを主張した。

東アフリカ諸国間交易では、人々が日々を紡いでいく生計実践と連動した、ジェネラリスト的な商品選択と商品多様化が重視されていた。「試しにやってみて、稼げるようなら突き進み、稼げないとわかったら転戦する」という生計実践は、共同経営や組織化のインセンティブと矛盾し、不確実性の高い混沌とした市場を再生産していく。しかし、不確実性こそがチャンスであり、それに賭け続けることがことができる市場を、零細商人たち自身が生み出していることこそが、この経済圏の活力になっている。

零細商人たちは、各人が各人の裁量で動き、誰かが運よく切り拓いた機会があれば、それに自身の運をゆだねる。彼らはこうした実践の連続こそが自分たちの経済領域を維持する方法であり、かつ、みなが生き抜いていく方法になっていると語った。

前述のトランスナショナルなインフォーマル交易や第六章で論じたエム・ペサを通じた〈借り〉のシステムは、資本主義経済に対抗したり、政府が一般的ルールを導入して築かれているものではなく、資本主義経済のしくみを流用することによって自律的に発生・躍動している経済であり、もう1つの資本主義経済なのである。この海賊行為――コピーや模造品の製造から隣国や中国への渡航、ネットを通じた海賊システムなど――は、主流の社会における生存の危機への対応とともに、ある種のゲーム感覚、いたずら心、いい加減さ、冒険心などで動いている。そした遊び心や冒険心を育み、とりあえず「試しにやってみる」ことに活気を与えているのもLiving for Todayである。遊び心や冒険心、ゲーム感覚で生み出したモノやシステムは、人びとのあいだで〈借り〉や〈利益〉、知恵や技術を回していくシステムにもなる。わたしは、このような自立的・自主的なインフォーマルな領域を押し広げていくことで、現在と未来との多様な接続のしかた、多様な生き方を許容するオルタナティブな社会や経済の可能性を感じている。

現在の日本の社会状況では、現在のおこないが将来の安定やリスクに直結するものだという価値観から逃れることは困難である。子どもの頃は「将来についてきちんと考えなさい」と言われることに反発した人も、大人になるにつれて未来に備えるために、現在を消費する生き方を身体化していく。みずからの「自立性/自律性」を獲得するため、あるいは家族や社会に対する責任を果たすために。しかし、現在の延長線上に「未来」があるという認識は、特定の場所と時代において成立したものであり、資本主義経済システムに組み込まれた主流派社会から零れ落ちたり、あるいはそれによって周縁化されている世界では、Living for Todayを身体化することこそが生き方の出発点にある。

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「試しにやってみて、稼げるようなら突き進み、稼げないとわかったら転戦する」という生き方の前提は、広く浅く情報が取れるネットワークなんだろうなと思った次第である。結果的にはジェネラリスト的生き方の志向だ。専門思考が強くて狭いネットワークの中で生きている僕たちとは全く異なる生き方を活写した良書だと思う。身近で商売やっている人々の生計実践にちょっと興味をかきたてられた。参考文献も面白そうなものが多く挙げられており、エントリーポイントとしては費用対効果が高い本。ちょっと文章が堅いのが玉に瑕だが(笑)、おススメである。

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