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『スーパーサイエンススクール』 [仕事の小ネタ]

スーパーサイエンススクール―理系離れをくい止める新しい学校教育への挑戦 (チャートBOOKS)

スーパーサイエンススクール―理系離れをくい止める新しい学校教育への挑戦 (チャートBOOKS)

  • 作者: 井上徳之・毛利衛
  • 出版社/メーカー: 数研出版
  • 発売日: 2003/10
  • メディア: 単行本
内容(「MARC」データベースより)
本当に理科嫌いはなくせるのか? そのためのスーパーサイエンスハイスクールとは? そこから波及する様々な活動とは? 学校と科学館、大学、研究所、企業、自治体、地域が連携し一体となって目指す科学教育モデルを紹介。

何の脈絡もなくいきなり何?―――と思われるかもしれないが、今週はこの本を読むのに数日費やした。先月日本に帰った時に、中古で買ってきた2003年発刊の古い本だ。昔高校時代にお世話になった「チャート式」の数研出版が出している本で、どこがチャートなのかはともかくとして、挿入写真や表が多いことは確かだ。

なぜ今さらこんな本を読む気になったかというと、こちらで教育行政に携わる政府の高官の方とお話した際、「日本のスーパーサイエンススクール(SSH)導入の経験について知りたい」と宿題をいただいたことが発端である。聞けば、ブータンでも、各県のセントラルスクールを中心に、理数科に力を入れるプレミア・スクールの養成構想があるらしい。日本のSSHを参考にしているが、それでも日本のSSHを見学したのはほんの数日間だけで、うわべだけをなぞって政策が策定されているふしがある。多分ブータン政府自身も、本当にこれでいいのか自信が持てないのだろう。だから、僕のような教育の専門家でもない人間にも、日本人だからというだけで訊いてくるのだろう。

信頼を得るためには、ちゃんと問いに答えて情報提供せねばと思い、日本にいらっしゃる教育の専門家の方に問い合わせてみた。そういう日本の経験をまとめた資料はあるというが、送ってもらった文献リストを見てみたら、科学技術振興機構(JST)のSSHに関するウェブページと、文科省の研究員が2015年に出した、SSHの成果に関するディスカッションペーパーのURLだった。それは僕自身もネットで検索して上位でヒットしたサイトばかりだったので、結局有用な情報は追加で得られなかった。何よりもがっかりだったのは、英語で書かれた文献がないことだった。

しょうがない、それなら手元にある資料だけで取りあえず自分で英文レポートを作ってみるか―――そう考えた時、今ある資料だけでは、2002年に同制度が施行された直後の指定校の対応ぶりについて、ミクロな部分では把握できないのが気になった。そこで、文献検索をしてみて、見つけたのが本日ご紹介の1冊である。

読んでみて、これと同じことをブータンで導入するにはいくつかの課題がありそうだというのがわかった。

第1に、基本的なコンセプト。僕自身も誤解していたのだが、SSH指定校では、個々の生徒の興味や関心に応じてそれを伸ばすことだけではなく、そこでの実践から得た知見を、周辺の高校や小中学校にまで波及させる、全体に広めるための活動も合わせて求められている。即ち、一部のエリート校を指定してその中でも一部の理科系エリートを育成するというのに主眼を置いた制度ではない。ブータンの「プレミアスクール」なんて、もろ「エリート」育成のための教育制度になりそうな気配で、それはすなわちエリートとそうでない人とを峻別する制度と捉えられかねない危うさがある。

第2に、これとの関連で、本書では明示されていないが、当然この制度自体は子供の理科離れを回避して、21世紀の科学技術の発展に貢献する若者を育成するエコシステムを日本全体に作ろうという趣旨で始まっているものの、生徒の「個を伸ばす」という意味では、これ以外の強化での取組みも同時に行われている可能性もあると思う。今のブータンに、生徒の個性を伸ばすような教育を指向する動きがあるのかどうかはわからないが、最も可能性が高いのは、教科書に書かれたことをその通りに覚えさせるのが学校教育と考えられているふしがある。

第3に、SSH指定校での先生方の奮闘ぶりを本書を読んで垣間見るにつれ、これほど業務外で時間を拘束され、プログラム策定や関係機関との調整などに追われる制度が、毎日午後5時(冬場は4時)きっかりに退社してほとんど無理して残業したりしないブータンで、学校の先生に受け入れられるのかどうかがわからない。それほどの責任感を持って生徒の学習効果の向上や理数科学習の動機付けに取り組む教師がどれくらいブータンにいるんだろうか。僕はかなり疑問だと思っている。

第4に、SSHのミソは、指定校の近隣に、大学や研究所など、交流できる高等教育機関や研究機関、それに相互に交流して切磋琢磨できる他の高校などが存在しているところにあるように思った。そういう地理的な凝集性が日本のような人口稠密な国ではあり得るわけだが、ブータンのように人口が少ない山岳国で、プレミアスクールの近隣にアクセスできる知的リソースがあるのかどうかはかなり怪しい。近隣のセントラルスクール間での交流はあり得るかもしれないが、大学や研究機関との交流となると、あまり期待できないと思う。

そして、第5に、上記4とも関連するが、地理的な凝集性を乗り越えて、仮に大学や研究機関にアクセス可能だったとしても、大学や研究機関に、高校生にうまく教えられる人、実験を指導できる人がいるかどうかがまた怪しい。そもそもここの大学での理科実験も、教員が教科書に書かれている現象を実演して見せるという形で行われており、学生が様々な変数をいじってみてその結果がどうなるのかを検証するというようなプロセスにはほとんど時間がかけられていない。どうしたら生徒の学びの促進につながるのか、どうしたら科学技術への好奇心をかき立てるのにつながるのか、高等教育機関だからといって、大学の教員にそうしたマインドがあるとは思えない。

ことほど左様で、SSH制度は、指定校の努力だけではなく、SSHを取り巻く様々なアクターが必要な能力や問題意識を有しているから成り立っているのだと思う。ブータンで一部のセントラルスクールをプレミアスクールに指定して通常の学校教育カリキュラムを越えて自由に理数科教育を運用してよいと言われたところで、各校が考えそうなことは理数科の授業時間を増やして教科書をさらにじっくり教えるといったことに終わってしまうのではないかと懸念される。そのしわ寄せは、他の教科に行くだろう。

理科の実験実演や実験実施指導等に特化して、各地を巡回するNGO(政府機関でもいいけど)があったら、商売道具の実験器具の維持管理もしっかりやり、プレミアスクールへの配分予算から請負契約金をもらう形で運営できそうな気もする。実際、インドの旧アンドラ・プラデシュ州には、理科実験実演用巡回バスサービスを展開しているNGOがあったと記憶する。

本書はこうしたSSH制度の運用において、日本科学未来館が初期に果たした役割にかなりの光が当たっている。制度発足して最初の2年間、SSH指定はされたけれどもどうやって進めて行けばいいのか悪戦苦闘を強いられた指定校関係者の方々からの相談を受け、未来館がどう対応していったのか、制度運用をどう支援していったのかが描かれている。こういう機関が日本にはあったということも、SSH制度全体をうまく機能させた1つの大きな要因だったのではないかと思う。

そういう機能を果たせる機関が、果たしてブータンにあるのだろうか―――そこはかなり大きなハードルだと思う。

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