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8.人間性溢れる教え [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg 20世紀初め、英国人で経験豊富なソーシャルワーカーであるケイ・デイヴィス女史がインドを仕事で訪れた。彼女の業務の1つは植民地政府の児童法制定と施行に協力すること、言い換えれば少年救護院を設立するのが目的だった。

 デイヴィス女史はこうして聖クリスピン・ホームという少女収容施設をプネ(マハラシュトラ州)に創設し、入所していた少女たちと大きな慈愛と温かさを持って接した。

 インドへの派遣期間中、私は女史がたくさんの鍵の束を腰にぶら下げて携行しているのに気付いた。不思議に思ったので、ある時私は彼女にそのことを聞いてみた。彼女は答えた。この鍵束の中には、入所している少女たちのケースファイルが保管されている棚の鍵も含まれているのだと。少女たちがケースワーカーとの面談で打ち明けた情報や気持ちといったものは、高い機密性をもって取り扱い、公開してはならないものだと思っていると。結果として、少女たちはケースワーカーを信用し、信頼するようになった。「少女は難しい状況にあり、見捨てられて貧しい状況に置かれています。しかし、そんな状況下にあったとしても、その子を助けたいと思うのであれば、彼女の尊厳、自尊心に細心の配慮をせねばなりません」――デイヴィス女史は鍵束をジャラジャラさせながらそう教えてくれた。

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7.男か女か [S.D.Gokhale]

この記事は、予約投稿機能を使って掲載しました。
日本人の1人として、計画停電には積極的に協力していきたいと思います。

Gokhale1.jpg 市民フォーラムはマハラシュトラ州首相に対し、ムンバイ(当時はボンベイ)の市民がヒジュラ(去勢された男子)からの嫌がらせを辛抱していることについて、苦情を申し立てたことがある。こうした女装者(ヒジュラたち自身の言葉によれば)は常に人々を追い回し、信号機で立ち止まったりバス停で待っていたりするとお金を要求し、道を我がもの顔で闊歩しているという。ヒジュラたちは脅威になりつつあったのだ。

 社会のこうしたセクションの人々に関する私の知識は大変限られていた。先ず、彼らは女性のような衣装を着て女性のように暮らしている男性だった。彼らのことをバイセクシャルだと見なす人もいたが、両性具有者だと信じる人もいた。が、殆どの人は、ヒジュラは心理的に問題を起こしやすい人々で、大衆にとっては迷惑な人々だという点では同意していた。

 ヒジュラたちは街で物乞いをし、人々に嫌がらせをしていたため、物乞い法はヒジュラ逮捕にも適用することができた。このため、彼らは私が監督官を務めていた物乞い収容施設にも送還されてきた。ヒジュラ抑制キャンペーンの初日、100人近い女装者が逮捕され、以後4日で900人近い女装者が我が収容施設で拘留されることになった。

 収容施設にこれだけの数の女装者を集めたことで、市民病院の2つの研究チームが関心を持った。1つは世界保健機関(WHO)コンサルタントのアン・プライス博士がリーダーを務めるチームだった。女装者は伝統的に、半分男性で半分女性だと信じられてきた。しかし、プライス博士のグループは、収容施設にいるヒジュラの1人としてバイセクシャルだと分類できる人がいないことを発見した。

 博士は、ある子供がとても速く階段を上っていくことができるのに他の子はそれができないのと同じで、階段の途中でつまづき、助けを求めて泣きわめくように、人の発達は時として止まり、注意を引こうと試みることがあると説明してくれた。たまに男の子が自己愛に目覚めてナルシスト的傾向を発達させることがあるかもしれない。この特異な行動がいつしか注目を集めるようになり、生物学的な異常というよりも心理的精神医学的な異常と言った方がよい状況に繋がっていったという。

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6.あなたは大切な人です [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg プネ(マハラシュトラ州)の少年院で担当官として働いていた時、私は1人の役人から10歳の在監者について苦情を受けた。その役人はこう言った。「あのババンという少年は自殺未遂ばかり起こします。コンセントに指を入れてみたり、室内扇にひもをかけて首を吊ろうとしてみたり…」

 ババン君を精神科医の下に連れて行く前に、私は彼と話してみることにした。「君はなぜいつも自分を難しい状況に追い込もうとするのかな?」――私はやさしく尋ねてみた。

 彼はすらすらと答えた。「僕は死んでしまいたいんです。僕はそのうちにベランダから飛び降ります。」彼は大胆にも私を見つめてこう言った。

 彼と同じように攻撃的な態度を取ることに決めた私は、今すぐベランダに2人で行こうと提案した。そうすれば彼はすぐに飛び降りてしまうことができる。私がこんなことを言ったので、ババン君は明らかに驚いた表情を見せたが、それでも私とともに階段を上って行った。3階のベランダに着くと、彼は下を見下ろし、ためらいながらこう言った。「今日はやめておきます。明日にします。」

 私が彼の頭を軽く叩くと、彼は突然泣きじゃくり始めた。「先生は僕がなぜ死にたいと言っているのかわかりますか?私が死ねば警察が来て先生を捕まえてくれるからです。警察はまず先生を牢屋に入れ、そしてここと同じような収容所に入れてくれるでしょう。そうすれば、僕がここでどんなふうに感じているのか先生にもわかってもらえるでしょう。誰も僕達のような子供には注意を払ってくれません。本当に誰も僕達のことを世話もしてくれません。」

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5.いつも頼りになる人 [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg 物乞い法(Beggars' Act)は物乞いという行為を違法と規定したが、物乞いの定義が何かというのは往々にして漠然としたものであった。このため、「お呼びでない」人は誰でも潜在的なトラブルメーカーとかごろつきとか見なされる可能性があったし、生計維持のための手段を持っていないように見えた人は誰でもこの法律の下で警察に逮捕される可能性もあった。自分が無実だと証明すること自体が難しいケースが多かったのである。

 ある時、ある左翼グループの政治活動家が1人逮捕され、私が所長補佐を務めていた物乞い収容施設に収監されるという出来事があった。この男は自分が間違って逮捕された(確かにその通りだったのだが)と主張し、猛烈な抗議をしてきた。しかし、同法の規定では私達に彼を釈放する権限は与えられていなかった。彼は裁判所の決定まで待たなければならなかった。しかし、彼が自分の政治的コネクションがエスタブリッシュメント層に対して多くの問題を起こすだろうと威嚇して起こす騒動は、私達の大きな頭痛の種となった。

 私はマハラシュトラ州社会福祉局のガテ局長にどうしたらよいかと相談した。ガテ局長は彼を解放すればいいと提案してくれた。

 私は局長に、物乞い法の規定では私達はそうする権限はないがそれでも解放していいのかと念を押した。

 「その男が1人施設から逃げ出したからといってどうなるものか?」とガテ局長は問うた。

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4.僕は人間に見えますか? [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg 私が監督官を務めていた物乞い収容施設にナラハリ君がやって来た頃は、彼は17歳の若者だった。鉄道事故で両足を失い、その時は膝上の基部がむき出しになっていた。

 私が当直をしていたある日、私は彼が窓際にたたずんでいるのに気付いた。涙が頬をつたっていた。「ナラハリ君、どうしたの?」私は彼の前にしゃがみ込み、両手を彼の肩の添えて尋ねてみた。

 「先生…」彼は元気なく答えた。「窓の外で道を走っている車は生きているわけではないけれど、車輪を下にしてとても速く動くことができます。外に見える小さなスズメたちも、翼を広げて素早く飛べます。でも先生、僕を見て下さい。僕はまだ若いのに、普通の人みたいに歩くことすらできません。」

 私は彼を私の方に向かせた。「ナラハリ君、約束しよう。君はすぐに歩けるようになるよ。プネ(マハラシュトラ州)には人工装具センターがあってね、そこで君の義足を作ろう。だから、泣くのはやめよう。君はすぐに変われるんだからね。」私はすぐにナラハリ君をプネに連れて行く手はずを整えた。

 数ヵ月後、身長5フィートはある背の高い若者が私のオフィスに歩いて入ってきた。明るい笑顔で、彼は「先生、僕が誰かわかりますか?」と尋ねた。

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3.最後に得た幸福 [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg ムンバイの物乞い収容施設の監督官としての任期中、ホームレスの人、見捨てられた人との出会いは記憶に残っているものが多い。しかし、私の記憶から消し去ることができない出会いとは、あるお年寄りの方との間での出来事である。

 その人は70歳ぐらいで、骨と皮だけになるくらいやせ細った状態で、警察に連れられて私の収容施設にやって来た。同行してきた警察官は私に、この人はダダル地区の歩道で自分の前に硬貨を散らかして座っていたと報告した。ダダルといえばムンバイのビジネス街の1つである。彼はバガヴァット・ギータに出てくるシュローカ(宗教と関連した詩)を口ずさみ、それを見た道行く人々は、彼に硬貨を1枚2枚と恵んでいたのだという。これは明らかに物乞い行為であり、逮捕するより他なかったのだと警察官は主張した。

 私がその人に話しかけようとしたちょうどその時、うちの事務所のスタッフが1人、部屋に入って来た。スタッフはそこにいた老人を見ると、両手を合わせて拝みながら老人の下に歩み寄り、彼の足下に腰をかがめて足にさわった。最高の敬意を表し方だ。そして彼は言った。「先生、私は〇〇学校であなたの生徒でした。」

 そのスタッフは私に、このお年寄りはただの物乞いではない、サンスクリット哲学を教える学者だったと教えてくれた。芸術学の学位を取得し、ムンバイの学校で校長を務めたという。そして、今は銀行に勤めている息子とその嫁と同居している筈だという。

 「なぜ物乞いをしているのですか?」――私は老人に尋ねた。

 老人は目に涙を浮かべ、声を震わせながらこう言った。「どれだけ年金をもらっても、どれだけいろいろな給付を受けても、私はそれを全て息子に渡しています。私は今は日々の細々とした出費は全て息子に頼らなければならない。息子の嫁は私がお茶の飲み過ぎだと言うし、なんでお金が必要になるのかと尋ねてくる。でも、成長した1人の大人が自分の好きなように使えるお金を求めてなぜいけないのでしょうか。私はお茶を飲むのが好きでして、家でお茶が飲めないなら、外で飲むのにお金が必要なのです。」

 老人は続けた。「ある日、家で侮辱された後、私はここの歩道に来て、自分の困惑した気持ちを落ち着かせようと、バガヴァット・ギータのシュローカの暗誦を始めました。そうすることで、私は心の安定を取り戻すことができました。目を閉じて詩を復誦しているうちに、何人かの人が私の前に硬貨を落としていってくれるようになりました。最初は私も驚きました。自分の道徳観、自分の受けてきたしつけは、硬貨の山に手を伸ばして拾い上げるのをどうしても許さなかったのです。しかし、やがて私のお茶を1杯飲みたいという気持ちが高潔な思考に勝るようになり、しまいにはこう考えるようにしました。もし自分がそのお金を取らなければ、誰か他の人が取っていくだけだろうと。」

 「私は自分が拾ったお金でお茶を2杯買って飲みました。王様になったような気分でした。」

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2.僕はここを出たい [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg 私が常に師と仰ぐガネカー先生は、原理原則に忠実な人である。退官した後も自立を望み、家族と同居する代わりに老人ホームに入居することを決意された。

 私がホームに訪ねた際、先生は私をとても温かく迎えて下さった。表敬訪問にも慣れてきた頃になり、先生は突然爆弾発言をなさった。「ゴカレ先生、僕はこのホームを出たいと思っているんだよ。」

 私が驚き、当惑しているのを見て、先生はこう説明された。「私が突然行動原則を曲げたことに君が何が起きたのかと困惑しているのはよくわかるよ。でもね。信念まで曲げたわけじゃないんだ。僕が退官後も自立していたいとどれだけ望んでいるかはよく知っているよね。それは未だ僕の行動原則なんだ。でも、僕はこのホームへの入居を希望したことを後悔しているんだよ。ここで生活する上で、自由や自立は全く手にすることができないからね。」

 「例えばさ、僕は夜寝る前に本を読むのがが好きなんだ。でもここでは午後10時になると消灯時間だ。訪ねて来てくれる人がいたらお茶の一杯でも出したいが、お茶は午後3時にしか提供されない。今はまだ午後2時にもなってないからね。そういう点ではここのホームは全然「我が家」っぽくない。むしろここは刑務所みたいな雰囲気なんだ。ガチガチの厳しい時間割表で管理されいるからね。」

 「ご存知の通り、僕には子供がいないけど、甥のところにでも行かせてもらうことはできるよ」――老人ホームなら自分に望んでいた自立の機会を与えてくれると長年信じてきたこの人がそう述べた。

 ガネカー先生を訪問してみて、私はインドの老人ホームの痛ましい実態を知ることとなった。ホームでは身寄りのないお年寄りが厳しい日課に拘束され、そこでは柔軟性も個々の入居者への配慮も、家族生活に似たところもない。実際の「我が家」からは最も遠く離れた存在でしかない。老人ホームは刑務所のようなところだ。
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1.私の首にからむニシキヘビ [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpg ムンバイの物乞い収容施設の監督官であった私は、物乞い法を執行することが求められていた。このため、私は、物乞いや、ストリートパフォーマー、曲芸師、ヘビつかいといった、道路にいる特定のグループの人々の一斉摘発に加担せねばならなくなった。

 実際のところ、道路で物乞いをしたり、通りで曲芸を演じたりしているような人は誰でも逮捕されて収容施設に送られる可能性があった。しかし、警察はある特定の人々を逮捕するのには飽きてきていた。例えば、ハンセン病に罹った人や、信仰の証としてニシキヘビを飼っているヘビつかいなど、最も典型的な物乞いとみられている人々である。

 その警察と一緒に行なったある一斉摘発の際、私は首に巨大なニシキヘビを巻いた1人の男に遭遇した。ニシキヘビは全長7フィート近く、太さも4インチはある大物だった。その男が物乞いをしていたのは明白だった。しかし、警察は彼を逮捕するのを躊躇していた。この「ナーグワラ(ヘビつかい)」はきっと我々を呪うに違いない、警察はそう考えた。私も困った。こんな迷信的な偶像のことなど信じていたわけではないが。そのニシキヘビはとても大きく、危険だった。

 そうこうするうちに、私は考えた。このヘビが男に害を与えたことがないのなら、おそらく私に対しても害を及ぼすことはないだろう。私は一歩前に進み、この物乞いと向き合った。逮捕されるとこの物乞いに伝え、私は男を警察のワゴン車に乗るよう命じた。

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ゴカレ博士のソーシャルワーク [S.D.Gokhale]

Gokhale1.jpgConstance Barlow & David Este Eds.
Experiments and Experiences
in Social Work Practice: Dr. S. D. Gokhale

October 2004, Ameya Inspiring Books


今から2年ほど前、僕はこのブログで「ゴカレ博士の贈り物1」と題して1冊の本の紹介をしたことがある。上で紹介したのがそれで、内容としては、インド・プネのNGO-CASPの代表であるS.D.ゴカレ博士の講話集である。

CASPは、カナダ・カルガリー大学ソーシャルワーク学部の教授からの依頼で、学生インターンの受入れを毎年行なっている。そのインターン実習生に対して、ゴカレ博士はソーシャルワークのインドでの実践について語る。カルガリー大学の先生は、その講話の中身の含蓄の深さに感銘を受け、博士の口述を文章に落とし込んでソーシャルワーカーを志す者が踏まえるべきポイントについてまとめてみてはどうかと博士に提案したそうだ。

ゴカレ博士は、僕がインド駐在時代にお世話になった中で最も敬愛するインド人の1人である。ついでに言うと、奥様にもご馳走になった。殆ど押しかけのような恰好でプネのCASPのオフィスを訪ねて初めて博士に会った時、僕はこの本を博士からいただいた。そして一度読んでみた。1つ1つの逸話が非常に示唆に富むもので、これまた僕のインド駐在時代に印象に残ったインド本ベスト3に挙げてもいいような逸品だと思った。頁数も123頁と手頃で、僕は「できることなら全文翻訳して日本の読者の方々にも知ってもらいたい」と当時のブログにも書いている。しかし、それを始める決心がつかないまま、それから既に2年が経過してしまった。

年明けから、僕はこのブログについて、プチ・リフォームができないかと考えていた。きっかけは昨年後半からインド・ネタが激減して、その一方で読んだ本を紹介する記事ばかりがやたらと増えてしまったことにある。ある程度はやむを得ないものだとの認識は僕にもあるが、焦る気持ちは否定できない。また、読んだ本を紹介するにも、小説のような一種の息抜きや寄り道のような読書について取り上げることは、僕のブログの趣旨に合わないような気がしていた。その一方で、インドの新聞・雑誌の記事からネタを拾ってくるケースが減ったということは、最近の僕が英文翻訳の練習も疎かにしているという証でもある。

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