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『ソバを知り、ソバを生かす』 [ネパール]

ソバを知り、ソバを生かす

ソバを知り、ソバを生かす

  • 作者: 氏原 暉男
  • 出版社/メーカー: 柴田書店
  • 発売日: 2007/10
  • メディア: 単行本
ソバの新品種の研究から、ソバによる地域おこし、そしてミャンマーの麻薬撲滅のためのソバ栽培の指導まで、「ソバ博士」の異名を持つ著者が、ソバにかける情熱と浪漫を綴る。>
不思議なもので、若い頃はあえて外食してまで食べたいと思わなかった蕎麦が、最近は食べたくなることがよくある。昔は焼き肉といえば胸がときめいたが、今はあまり食べたいと思わなくなった。「食べ放題」にも食指が伸びなくなった。歳を感じるのはこういう時だな。

だからというわけじゃないが、信州の「ソバ博士」が2007年に書かれた本を読んでみることにした。最大の目的は、この著者が1996年頃から関わり始めたミャンマーでのソバ栽培の歴史である。中国雲南省と国境を接するコーカン地区はアヘンの原料となるケシの栽培が盛んだった地域で、ここにソバを普及させてケシ栽培からの転換を図ろうという取組みだった。この取組みは業界の中では比較的有名だったので、2000年代前半ぐらいまではその進捗について目にしたり耳にしたりすることは多かったけれど、その後どうなったのか、知りたいと思った。

前半はソバに関する学術的記述が続き、読むのに難儀した。しかし、そこは著者の前半生なので、目くじらを立てていても仕方がない。そして、第3章の「ヒマラヤ山麓のソバ」あたりから俄然面白さが増してくる。筆者がネパール・ムスタンのトゥクチェと富山県・利賀村を繋げる仲介をしていたのは1996年頃で、当時カトマンズのホテル・サンセットビューには「ヒマラヤ蕎麦」という蕎麦屋がオープンし、現地在留邦人の間で話題になった。現地駐在中だった僕も、妻と食べに出かけたことがある。著者を身近に感じられるエピソードだ。著書に登場する人々の中には、僕らも個人的に存じ上げている方々もいらっしゃる。

そして第5章「ケシ畑にソバを」である。軍の護衛に守られながら現地を巡回し、「バンジョン・コマンダー」と呼ばれるようになったエピソードがカッコいい。10年近い対ミャンマー協力の歴史は、その部分だけを切り出してストーリーとして纏めてくれたらいいのにと思いながら読み進めた。

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『鳥葬の国』 [ネパール]

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鳥葬の国―秘境ヒマラヤ探検記 (1960年) (カッパ・ブックス)

  • 作者: 川喜田 二郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 1960
  • メディア: -
内容(「BOOK」データベースより)
1958年、「西北ネパール学術探検隊」が行なったヒマラヤ最奥地の調査は、世界ではじめて奇習“鳥葬”をとらえるなど、日本の野外研究学派の基礎を築く大きな成果をあげた。本書は、厳しい自然とともに生きるチベット人の生活をつぶさに描き出すと同時に、探検隊内の人間関係を赤裸に描いて、「探検隊の生態」をも公開した興味深い記録である。
前回ご紹介した『ブータン神秘の王国』同様、『鳥葬の国』も1997年以来、15年振りの再読である。前回は当時駐在していたカトマンズ・タメル地区の古本屋で見つけた。1958年に組織された西北ネパール学術探検隊の民族学調査を一般の読者にもわかりやすい形で示す紀行文となっている。1ドルが360円もして、大阪万博で「世界」の国々を強く意識するようになるよりもずっと以前、僕らが生まれる前に、日本人どころか外国人もほとんど足を踏み入れたことがなかったヒマラヤの辺境地を探検したレポートには心が躍ったもので、ムスタンよりもずっと奥の、トルボ(「ドルポ」ともいう)に、機会があったら行ってみたいと思ったものだった。

特別パーミットが必要とはいえ、今ではネパールのツアー会社がトレッキングツアーの募集すらしているトルボ地方への旅は、これまでに参加した日本人旅行者もかなりの数にのぼり、トルボ地方のカラー写真を沢山掲載したブログも結構ある。川喜田探検隊が撮影許可を取るのに苦労したチベット人の「鳥葬」の光景も、ハゲタカの群れが死体をついばんでいるシーンを至近距離からアップで撮ってブログに掲載している人すらいる。50年も経過すれば受け入れるチベット人側もかなりすれてきて、そういう撮影許可も容易に得られる時代になってきたのかもしれない。そういう世界に初めて足を踏み入れた日本人たちの奮闘があったことを、僕達も知っておく必要がある。

今回の再読の第一の目的は、ダショー・ニシオカ――西岡京治氏の足跡を辿ることにある。

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バグマティ川の水質汚染 [ネパール]

2011-10-15.jpg考えてみたら、南アジアネタをさんざん取り上げてきたこのブログに、「ネパール」のマイカテゴリーが今まで存在していなかったのが不思議。2009年のネパール旅行についても、2010年のマニーシャ・コイララの結婚式も、当時は別のカテゴリーで記事を書いていたに違いない。僕が駐在していたのは今から15年も前の話だから、さすがにネパールへの関心も薄れ気味だし、ネパールに関する情報ソースも非常に限られている。今後もこのカテゴリーの記事を拡充するかどうかはかなり未知数だ。

ただ、僕が尊敬するビシャカパトナム(アンドラ・プラデシュ州)の「黄門様」が、今後活動拠点をカトマンズに移してバグマティ川沿岸のスクワッター居住地区の住民の生活向上に取り組まれると聞いたので、少しぐらいはネパールへの関心をリニューアルしたいと考えるようにもなった。そういう問題意識でインドのメディアで扱われるネパールネタを見ていたら、おあつらえ向きにバグマティ川の水質悪化に関する記事が隔週刊誌Down To Earth(DTE)の2011年10月1-15日号に掲載されているのを見つけた。「濁っていく水(Darlking Water)」(Aditya Batra通信員)というタイトルの記事で、政治的真空状態と都市のカオスがバグマティ川の行方を危うくしているという趣旨で書かれている。URLは以下の通りだ。http://www.downtoearth.org.in/content/darkling-waters

正直言うと、バグマティ川の水質悪化問題は1995年当時には既に顕在化していた。僕はこの頃に企画されていたスタディツアーに同行してカトマンズ市役所を訪れて話を聞いたことがあるし、当時「Clean, Green, Healthy Kathmandu」を標語にしていたシン市長主催の夕食会にも招かれてご馳走になったことがある。それよりも、市内バラジュー地区のスクワッター居住区から川沿いの道を歩き、何が捨てられているのかを見て回ったことがある。いろいろと凄まじい光景も見た。

DTEの記事を読んでいくと、15年前の状況と比べて何も変わっていないというのがよくわかった。その意味ではこの記事をブログで紹介するようなメリットはあまりないのかもしれないが、なんと15年前にお目にかかったことのある現地NGOの代表者の方のお名前を記事の中に発見した。当時はNGO業界駆け出しのおどおどした感じがあったけれど、今や通信員がコメントを取りに訪れるほどの有名人(?)になられているというのを知って嬉しかった。

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