So-net無料ブログ作成

聖地で鑑賞、『聲の形』 [地域愛]

昨年10月にご紹介した『聲の形』、今回の一時帰国中に里帰りした岐阜県大垣市の映画館でまだ1日1回上映されているのを知り、かなり慌ただしい日程の中、なんとか時間をひねり出して見てきた。今回の一時帰国中の土産話の1つである。

聲の形01.jpg

実際に映画を見てみると、大垣市民病院とか、養老の滝とか、養老天命反転地とか、水門川とか、見慣れた風景が出てくる。ちょっと離れるけど、JR岐阜駅前ロータリーとか、長島スパーランドとかも登場する。大垣の映画館が今でも上映している意味がよくわかるし、これを見て記憶を確認した後で、「聖地巡礼」に出かけるのもいいかも。

少し前に、日本テレビのZIP!で、養老天命反転地がSNSを通じて観光客に人気だと報じていた。20年以上も前にオープンし、デザイナーは既に他界している天命反転地が今さら何故スポットが当たっているのか目を疑ったが、映画『聲の形』を見てはっきりわかった。この映画で将也と硝子が2人で出かけたスポットの1つが天命反転地で、観光客が詰めかけたのは、「聖地巡礼」の一環であったということなのだ。

勿論、玄関口である大垣駅も券売機前が映画には登場するが、改札口を抜けた連絡通路の窓にも、デカデカと『聲の形』のポスターが貼ってあった。

聲の形02.jpg
聲の形03.jpg

聖地で見る映画も、なかなかおススメです。


タグ:大垣

国際交流協会の仕事はもうやめ [地域愛]

GW後半は僕も世間並みに休養をいただいている。昨年は会社の勤続20年のリフレッシュ休暇制度を利用して米国に剣道の武者修行と称して出かけたが、この連休は短くても実家の両親の暮らしぶりを確認しておきたくて2泊3日の帰省をしている。連休の谷間の平日は、連休中とは思えないくらいに各方面の関係者の方々から振り回され、連日帰りが遅かった。本当は部下に「休め」と連呼した自分としてはせめて会議も何もない半日ぐらいは有給休暇にして部下たちに示しをつけたかったが、結局その間も職場に残っていてよかったという事態に陥った。

そんなこともあって、後半の連休はしっかり休むことにした。そして、この間にいろいろ懸案事項を整理し、片付けてしまいたいとも思っている。ブログもたまには更新したいし…。

標題のテーマについては、既に自分の中では結論が出ている話である。僕は昨年度まで2年間にわたって引き受けてきた国際交流協会の分科会の副部会長の仕事を今年度は引き受けないことを宣言し、また分科会にももう出席しないことも部会長と事務局の方々には既に伝えていたが、そもそも会費を納めて会員をやっていることのメリットもあまりなくなってきたので、会員であることもやめることにした。

最近、なぜか今年2月22日に行なわれた国際理解講座の案内記事へのアクセス数が多い。イベント自体は盛況だったし、僕はこのイベントの企画立案を担当して、自分が協会にこうあって欲しい、国際理解講座はこうあって欲しいという1つの理想の形を示せたと思っている。ただ、会社での人事異動で大変な職場に移ったこともあって、準備段階では多少の精神的負担を強いられた講座だった。

1月下旬、社長が外部で行なう講演会でのスピーチ原稿を下書きするために、僕は土曜日の休日出勤も含めて、連日終電近くまで職場に居残って準備をしていた週があった。その週のど真ん中の水曜日の夜、分科会の定例会議が開かれ、2月の講座の企画担当だった僕は、職場を中抜けしてわざわざ自宅最寄り駅まで戻り、18時30分から20時まで会議に出た後、再び職場の最寄り駅まで戻って残業を続けるというきつい対応をした。元々この日に定例会議を開催するというのは部会長の都合に合わせたものだった。

通常の定例会議では、司会を務める部会長は会議の1時間前には協会事務局に到着し、事務局スタッフからブリーフィングを受けてから会議に臨む。ところが、この日はなんと部会長がインフルエンザでダウン。副部会長の僕が議事進行を務めることになった。しかも、そうした事態を知らされたのは、僕が会議室に到着してからで、何の心の準備もないままに、「Sanchaiさん、司会お願いします」と言われた。

続きを読む


三鷹国際交流協会国際理解講座(2月22日)のお知らせ [地域愛]

今週、日本政府が障害者権利条約の批准書を国連に提出したことが一部メディアで報じられました。2008年5月に発効したこの条約、日本では国内法の整備が不十分だったので批准手続きがなかなか進まず、5年以上かかってようやく批准にこぎ着けたのだそうです。批准は世界で141番目。日本では2月19日から条約が有効とか。

そんな折も折の2月22日(土)に、公益財団法人三鷹国際交流協会(MISHOP、ミショップ)では、障がい者と日本社会といったテーマで国際理解講座を開くことになりました。

MISHOPでは、年に2回、内外の有識者を招いて、世界の政治、経済、文化、社会など、幅広いテーマについて、市民向けの国際理解講座を開いています。 今回は、昨年、『わが盲想』という著書をポプラ社から出版されたスーダンからの留学生、モハメド・オマル・アブディンさんを講師としてお招きすることになりました。

アブディンさんには、ご専門の平和構築・紛争予防ではなく、視覚に障がいを持って日本で暮らしていくにあたって、僕たち市民がなかなか気づかない大きな困難がどこにあるのかを考えるきっかけとなるようなお話をしていただきたいと考えています。

続きを読む


タグ:三鷹

日仏「マンガ」文化セミナー(三鷹)のご案内 [地域愛]

*本日開催です!

バンドデシネ page 1.jpg バンドデシネ page 2.jpg
《画像をクリックすると、別画面で拡大表示されます。》

第70回国際理解講座 日仏「マンガ」文化の交流
 世界の3大マンガ圏は、英語圏の「コミック」、フランス語圏の「バンド・デシネ」、そして、日本の「マンガ」です。普段、なにげなく読んでいる日本の「マンガ」、国際的にも高く評価され、広く定着し始めており、国策として、世界へのマンガ振興の取り組みも推進されています。一方、フランスにある「バンド・デシネ」(BD)、日本のマンガと、どう違うのでしょう?日本で、伝統と人気のあるバンド・デシネの普及活動をしているフレデリックさんに、世界のマンガ文化の比較や魅力など、お話しいただきます。(※日本語での講演会です。)
【講師紹介】フレデリック・トゥルモンドさん:日本初のヨーロッパ漫画誌、「Euromanga ユーロマンガ」代表・編集長。1978年パリ郊外リラ生まれ。パリ大学日本言語文化学科卒。学生時代にスペインとキューバを繰り返し訪問。1999年に初めて日本を訪れ、2003年より日本で暮らす。在日フランス大使館に勤務する傍ら『Euromanga』誌を主宰し、昨年11月東京ビックサイトで行われた『海外マンガフェスタ』で実行委員長を務めた。
 ◆開催日時: 2013/7/20 (土)  14:30~16:30
 ◆場所: 三鷹ネットワーク大学
 ◆参加費: 無料
 ◆申込み: 三鷹国際交流協会に直接 または電話、協会HPから
  http://www.mishop.jp/event/event.php?id=e02996&y=2013

続きを読む


日本のNPOはなぜ不幸なのか? [地域愛]

日本のNPOはなぜ不幸なのか?―「社会をよくする」が報われない構造を解く

日本のNPOはなぜ不幸なのか?―「社会をよくする」が報われない構造を解く

  • 作者: 市村 浩一郎
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2008/09/20
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
社会のために貢献する仕事、しかし、生活が成り立たない、という現状を変えていきたい!日本という国をより良い形に変えていくためには、営利企業セクターと行政セクターに並ぶものとして、NPOセクターというもうひとつの経済セクターを成立させることが必要不可欠。そのために何をどう変えなければならないのか。インタビューとデータをもとに考察。
仕事で知り合った方に、この本をご紹介いただいた。読メやアマゾンの感想を読んでいると、2008年発刊なので多少記述が古くなっているが、日本のNPOの抱える問題点を的確に指摘している点では評価が高い1冊だ。

著者は民主党の衆議院議員だったが、昨年末の選挙では落選の憂き目を見た。僕はこの場で自分の政治的立場を明かすつもりはないが、民主党の大敗は仕方ないにせよ、真に良識ある著者のような人までが流れに飲み込まれてしまったのは残念な気がする。ただ、過去の選挙成績を見ていると当選と落選を繰り返しているようで、元々支持基盤がそれほど強固なわけではなかったのだろう。著者プロフィールを読むと、新潮新書の出井康博『民主党代議士の作られ方』のモデルになったとある。機会があれば読んでみたい。

ただ、本書は議員を務めている時に書かれている。2008年発刊の本書をはじめ、以後2009年、2010年と著書が出ている。議員としての激務の間に、本書に書かれているような取材を遂行するのはきっと大変だ。本書の場合、表紙に「取材協力」として協力者の名前がクレジットされている。こういうサポートでもないと、これだけ短期間で何冊もの本は出せないだろう。

続きを読む


今年も親子読書 [地域愛]

セミたちの夏 (小学館の図鑑NEOの科学絵本)

セミたちの夏 (小学館の図鑑NEOの科学絵本)

  • 作者: 筒井 学
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2012/07/11
  • メディア: 単行本

パートの仕事に応募していた職場から合格通知をもらい、今週から仕事をはじめた妻に代わって、僕は、3日(水)朝、次男の小学校のクラスで、朝の本の読み聞かせボランティアを務めた。

決して初めてというわけではないのに、こういう時の題材選択では毎回苦労する。特に、今回は妻から急に言われたこともあり、題材選びにそれほど時間をかけられなかった。先週、胸が苦しくて午後会社を休んだことがあったが、その帰宅の途中で自宅最寄り駅近くの市立図書館に立ち寄り、候補になりそうなものを数点急いで選んで借りてきた。週末にリサーチした結果、『セミたちの夏』を使用することにした。

不安だったのは、題材の重複。これまで読み聞かせを行なう際には必ず連絡帳のようなものがあり、それまでに読み聞かせを担当した母親がどのような本を用いたのか、読んでみてどうだったか、子供達の反応はどうだったか、今後注意すべき教訓は何か、といったことを前の当番に当たっていたお母さん方が書いて下さっていた。今年もそういうのがあるのかと思っていたら、妻によれば今年はまわってきていないという。担任が代わり、方針が変わったのだろう。

『セミたちの夏』はこの7月発刊なので、おそらくまだ誰も使っていないだろうと思った。ましてや父親が読み聞かせに来るケースは極めて稀で、父親でもないとまずあり得ない題材選択だという自信もあった。読み聞かせの所要時間は10分で、この分量はけっこうギリギリ、つまり、普通に読むだけなら10分で十分だが、途中子供とのインタラクションを入れると12分程度で見ておいた方がいい。

実際に使ってみて、子供達が最後まで静かに、でも積極的に聴いてくれたので、とてもやりやすかった。まあ夏休みにセミはいっぱい見たことだろうし、中には木の上のセミが命を落としてひらひらと地面に落ちてくるシーンを目撃した子もいるだろうし、田舎の祖父母に会いに行って東京では生息していないクマゼミの鳴き声を聴いたことがある子もいるだろう。皆それぞれに夏の思い出を持っていて、しかもその記憶が比較的新しいから、子供達は付いてこれたのだと思う。

続きを読む


堀宏先生を偲んで [地域愛]

去る3日、堀宏先生がお亡くなりになった。78歳だという。地元の国際交流協会を通じて訃報を聞き、僕は職場を早抜けして通夜に行ってきた。

堀 宏(ほり ひろし、1933年 - 2012年)は、ジャーナリスト・大学教授。国際基督教大学卒。大学卒業後、TBSに入社。1984年10月から1994年9月の約10年にわたり、料治直矢・蟹瀬誠一等と共に『JNN報道特集』のメインキャスターとして活躍した。1990年代にTBSで損失補てんが明るみとなり問題となった際に番組内で当時の社長を批判し、辞任要求を行ったことがある。当時TBSの社員でもあった堀が、TBSの番組内で社長に対して辞任要求を行うこと自体異例のことであり反響を巻き起こした。TBSを退社後、2003年まで白鴎大学経営学部教授を務めた。(ウィキペディアより)

僕は堀先生には地元で2つの面でお世話になってきた。1つは、国際交流協会の仕事を通じて。2003年の入会後、呼ばれて顔を出すようになったある委員会で、堀先生も委員を務めておられた。いろいろな議案に対して、必ずひとこと質問を投げかけられる方だったが、その問いには常に高い知性を感じさせられた。僕が新規の企画案を持ち込んで、シニアの委員の方々からダメ出しを喰らった際にも、どこをどうすれば企画は実現可能だという建設的なご意見を下さった。時々キザに思えることもあったが、その国際性と報道畑での長いご経験に裏打ちされたご発言は、当時の委員会の議論を質の高いものにしていたように思う。

2010年に僕が海外駐在から帰国して委員会に復帰した時には、既に体調を崩されていて、以後二度ほどしかお目にかかっていなかった。その間の委員会での議論は、暴走する一部委員のご発言が目にあまり、抑えていても最後は売られたケンカを買ってしまうような事態も度々起き、殺伐とした雰囲気に多少の嫌気も感じているのが正直なところだ。こういうところに堀先生がいらしたら、加熱する議論を制御する落ち着いたご発言を挟んで下さるに違いないと、そのご不在が残念でならなかった。

続きを読む


肩の荷が ちょっぴり下りた 夏の午後 [地域愛]

50の足音が近付くにつれて、同窓会をという声があちこちで聞こえるようになってきた。去年は高校、今年は大学のサークルの同窓会が行なわれた。そしてこの夏は、小学校の同窓会が12日(日)に故郷で開催されたのである。そして、普段から「人間嫌い」を公言して憚らない僕も、里帰りの最中に開催されたこの会に出ない道理もなく、出席してきた。

今がそういう時期なのだろう。アラフィフティーということよりも、同級生だった女子のほとんどが結婚して子供をもうけ、その子供が大学入学や就職して手がかからなくなるのが今の時期なのだろう。どの同窓会もそうだが、やろうやろうという声は女子から起こってくるようだ。それも、小学校時代のイメージからすると予想もつかなかったような子が積極的に幹事役を務めてくれる。今回もそんな感じで決まったらしい。今回、60余名の同窓生のうち、38名が集まった。これはすごいことだと感心する。

重松清の小説を読んでいると、卒業して何十年も経つと共有していない時間の方が圧倒的に長く、久し振りに会っても話が続かないというシーンがよく出てくる。確かにそれはあると思う。今回驚いたのは、出席欠席を問わず、東京に生活の拠点があるというのがどうも僕だけらしいということだった。ほとんどの出席者は故郷の町か、あるいはその周辺に住んでいる。遠い人でも大阪あたりだという。同じ故郷でも、高校あたりにまでなってしまうと、卒業してからの生活拠点の分散度合いが大きく、簡単には集まれなくなる。

そういう意味では、話の共通点を見出すのに最も苦労しそうなのが僕だったのではないかと思う。でも、実際そうはならなかった。僕らの町では、小学校を卒業して進む中学校が1校に決まっている。9年間をともに過ごしているので、その頃の思い出話になると、誰かしらが何かしらを必ず覚えていて、繋ぎ合わせるとかなり楽しい宴会の場になった。3年生か4年生の時に、僕が近所のクラスメートの女子にとった「恥ずかしい行動」、本当に恥ずかしいから本人を前にとても言い出せなかった思い出話も、相手の方から言われると笑い話にしかならない。そういうのを異常によく覚えている奴がいたりもして、午前11時から始まった同窓会は、15時に一次会がいったん散会したものの、その後場所を変えて18時30分から22時過ぎまで続いた。

続きを読む


海外ボランティア経験がもたらすもの [地域愛]

この大型連休の後半、本当なら家族全員で帰省する筈だったのだが、2日(水)夕方になって長男が熱を出したことから、帰省をキャンセルした。天気予報は大雨だったし、そんな中を夜間7時間近くも車を運転して帰省するのには勇気も必要だ。実家滞在はわずか2泊の短期間でもあったので、無理して帰省するよりも東京に居残ろうということになった。お陰で、僕はこの4連休、滞っていた仕事を多少でも片付けるのに費やしている。図書館に通って読みかけの文献や論文を読み、自宅ではPCに向かって作業。時々ブログの記事を書いたりして過ごしている。

この連休中、全国各地でいろいろなイベントが行なわれている。僕も来ないかと案内をいただいたイベントがあったのだが、帰省しているからというので参加を遠慮した。ところが東京居残りになってしまったので今から出られないかなとも思ったが、締切を大幅に過ぎているので、大人しくしていようかと思っている。

そんな中で、読了しているのに報告してなかった文献を少しずつでも紹介したい。

Margaret S. Sherraden, Benjamin Lough, and Amanda Moore McBride,
“Effects of International Volunteering and Service:
Individual and Institutional Predictors”

Voluntas (2008) 19, p.395-421


随分前に一度読んだ論文だが、連休前半にもう一度読み直してみた。Voluntasというボランティア学の国際学術研究誌に掲載された論文で、その目的は国際ボランティア活動(International Volunteering and Service、以下IVS)の効果について、既存研究のレビューを通じて、概念モデルを提示することにある。そこでは、国際ボランティア活動の成果は、ボランティアの属性や個人的能力とそのプログラムの属性、制度的能力によるということが書かれている。

 (ボランティア本人の属性+ボランティア本人の能力)×(プログラムの属性+プログラムの制度能力)

続きを読む


世間師 [地域愛]

 日本の村々をあるいて見ると、意外なほどその若い時代に、奔放な旅をした経験をもった者が多い。村人たちはあれは世間師(せけんし)だといっている。旧藩時代の後期にはもうそういう傾向がつよく出ていたようであるが、明治に入ってはさらにはなはだしくなったのではなかろうか。(p.214)
 それにしてもこの人の一生を見ていると、たしかに時代に対する敏感なものを持っていたし、世の動きに対応して生きようとした努力も大きかった。と同時にこのような時代対応や努力はこの人ばかりでなく、村人にもまた見られた。(中略)
 明治から大正、明治の前半にいたる間、どの村にもこのような世間師が少なからずいた。それが、村をあたらしくしていくためのささやかな方向づけをしたことはみのがせない。いずれも、自ら進んでそういう役を買って出る。政府や学校が指導したものではなかった。
 しかしこうした人々の存在によって村がおくればせながらもようやく世の動きについて行けたとも言える。そういうことからすれば過去の村々におけるこうした世間師の姿はもうすこし掘りおこされてもよいように思う。(p.259)
【出典】宮本常一、『忘れられた日本人』、岩波文庫
4月21日(土)、半年ぶりに開催された(財)三鷹国際交流協会(MISHOP)の国際理解講座「日本人海外ボランティアが見た異文化」のパネルトークの司会を務めるに当って、僕は戦前戦後に日本全国を歩き回った民俗学者・宮本常一が書いた「世間師」という言葉を思い出した。講座当日朝になって急に思いたち、自宅の蔵書の中から『忘れられた日本人』を引っ張り出し、その章を読み直してみた。

今回の国際理解講座は、JICAの青年海外協力隊(JOCV)やシニア海外ボランティアとして長期間海外で活動され、帰国して三鷹に住んでおられる方々4人を招いてのパネルトークだった。1年ほど前に企画構想し、JICAがボランティアの春募集を開始する3月末から5月上旬までの募集期間中に開催しようということで、昨年末から準備してきたものだ。MISHOPの会員2人と事務局員1人で小さなプロジェクトチームを作り、関係者との折衝やパネリストとの連絡調整、大道具小道具の準備、当日の運営を行なってきた。企画内容もさることながら、国際理解講座開催のためにプロジェクトチームを作ったのも初の試みだった。

続きを読む


メッセージを送る