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アフリカはもっとやれる [仕事が好き]

U2のボノ氏「日本はもっとやれる」アフリカ支援要請

世界的なロックスター、ボノ(45)が、アフリカ貧困の撲滅を目指し、精力的に動いている。

7月初めの主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)前の同月2日には、各国の大物スターが参加する大規模な無料コンサート「ライブ8」を東京を含む世界8都市で開き、アピールする予定だ。

ボノは17日、本紙と会見し、日本や米国などがアフリカの貧困撲滅に取り組むのは「慈善ではなく、正義の問題だ」と訴えた。

「毎日6300人がエイズなど予防可能な病気で死んでいる。人口の7割は1日2ドル以下で生活している……」

アフリカの貧困のデータが次々と飛び出す。ボノは、ブッシュ米大統領ら多くの国の指導者に直接会い、こうした実情を訴えてきた。来月のサミットで議長を務めるブレア英首相がアフリカ支援を主要議題に据えたのは、ボノら活動家の猛烈な事前運動があったため、とも言われる。その彼は「次のターゲットは日本の小泉首相だ」と語った。

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打算抜きで我が子に職場を披露しよう [仕事が好き]

最近、うちの会社の本社の方で、子供たちにお父さんお母さんの働く姿を見せるようなイベントを今月下旬に企画していることがアナウンスされた。

以前、米国に出向で行っていた頃、"Bring Your Daughter to Work" Day(「我が娘を職場に連れてきて」デー)なる企画が職場の同僚によって企画されたことがあり、僕は当時5歳と3歳の長男と長女を連れて行った。毎年4月に開催される恒例のイベントだ。

途上国に援助を行なっているような国際機関だったけれども、イベントは開発教育っぽくなくて、純粋に子供たちに親の働く姿を見せることが目的で、お昼は会議室を開放してディズニー映画を上映しながらピザを親子でつまんだり、館内巡りをやったり、結構楽しいイベントだった。僕は我が子同伴でスタッフ会議に出たりもして、結構かっこいいところを見せることができた。まだオムツ卒業していなかった娘のオムツをオフィスで交換したのはご愛嬌だ。

それと同じようなイベントをようやく我が社もやるかと胸が躍ったのも一瞬のこと。企画の内容を見てガッカリしてしまった。変に開発教育を入れていて、真の目的が開発援助の世界を学んでもらおうというのがわかった。対象は中高生で、ぎりぎり小学校高学年だという。これじゃ一番上がまだ小学校低学年のうちは即アウトだ。

余計な打算は入れずに単に親の働く姿を子供に見せるような夏休み企画だったらよかったのに…。大体、こんな業界で働いている親は、会社の手助けなんてなくても普段からちゃんと子供たちに貧しい人たちのことを知ってもらおうと努めている筈だ。業界人の子女対象にこんな企画はないんじゃないか?

年明け以降、僕は平日に子供たちが起きている顔をあまり見たことがない。子供たちには、「なんでお父さんはいつも家にいないのか」と問われ始めている。週末の家族サービスで挽回に努めているものの、立場がない。なぜお父さんがいつも帰りが遅いのか。職場を見て考えてみて欲しいと思うのだ。

変な打算が絡む会社のイベントはともかくとしても、夏休みの間に一度でいいから子供たちに職場を見せたいものだと思う。お昼休みの一瞬でもいいので連れてきて、ご飯を一緒に食べて、昼休み明けの職場をちょっと見せて帰すのならあまり職場にも迷惑かからないだろう。考えてみようかな?
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コネクト・ザ・ワールド [仕事が好き]

国際電気通信連合、通信不能地域を官民で解消へ

 【ジュネーブ=市村孝二巳】国際電気通信連合(ITU)は各国政府やKDDI、米マイクロソフト、仏アルカテルなどのIT(情報技術)企業と協力し、2015年までに世界の通信不能地域をゼロにする新計画を打ち出す。無線LAN(構内情報通信網)や衛星電話技術を利用して、先進国と途上国のデジタルデバイド(情報格差)是正を目指す。

 新計画は「コネクト・ザ・ワールド」。ITUは11月にチュニジアで開催する第2回世界情報社会サミットの目玉政策として、各国に資金拠出などを呼びかける方針だ。民間企業では米インテル、テレフォニカ(スペイン)、インフォシステクノロジーズ(インド)、華為技術(中国)も参加を決めた。

 ITUによると、過疎や貧困を背景に、通信回線を全く利用できない地域は、町や村といった行政区単位でアフリカ、アジア、中南米などに約80万ある。通信手段を持たない人は全世界人口の6人強に1人、約10億人に達するという。計画はこうした人々に基本的な通信サービスを提供するのが目標だ。

6月27日/日本経済新聞 夕刊

***************************************************************************僕、この後に書いた記事をなんかの手違いで全部消去してしまった。改めて引用記事を読み直して、僕が何を思ったのか、どうしても思い出せないのがもどかしい。でも、こういうのを見ると、つくづく通信分野はもはや援助でデジタルディバイド解消を考えるのではなく、やっぱり企業なんだよなというのがよくわかる。IT企業が集まって資金拠出してグローバルユニバーサルアクセスファンドでも作れば、途上国の遠隔地で民間通信事業者がオペレーションで採算が取れないところでも、赤字額の補填をファンドから行なえば、なんとかネットワーク整備ができてしまう。無線LANを導入して、ユーザーが増加してクリティカルマスに達すれば、事業者はいずれ損益分岐点をクリアできるようにもなるだろう。こういう国々での援助の役割は、枠組み作りなんだろうなぁ。


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新聞記事の疑問(1) [仕事が好き]

6月6日付日本経済新聞の夕刊3頁に、次の記事が掲載された。

***************************************************************************    スーダンで油田権益獲得――福祉機器のSIG

福祉機器開発のシステムス・インターナショナル・グループ(SIG、東京・文京、平泉義太郎社長)は6日、スーダン政府から同国内の鉱区の石油開発、採掘権を取得したことを明らかにした。SIGに地下資源開発の経験はなく、欧米の投資家から開発資金を集めるほか、商社や石油会社などに開発への参加を呼びかける方針だ。

SIGはスーダンで医療支援活動をしている非政府組織(NGO)のリライアンス(東京・台東、西田育生理事長)が母体となって今年4月に設立された。社員は10人程度で車いす昇降機などの開発を手がける。                                                     ***************************************************************************

途上国の開発という業界に身をおく者としては非常にお恥ずかしい話ながら、この記事、何度読んでもよく理解できなかった。疑問点を整理すると次の4つに集約されるだろうか。

  1. SIGのような地下資源開発の実績を持たず、福祉機器開発を行なってきた会社に、なぜスーダン政府は石油開発、採掘権を与えたのか?
  2. 資金調達はこれからということだが、通常この種の入札の場合は、資金調達の目処を立てて採掘会社とジョイントベンチャーを先に形成してから応札するものだと思うが、なぜSIGは単独で落札して後から資金調達やパートナー企業探しを始めたのか。順番が逆ではないか?
  3. NGOに近いような企業がなぜ石油開発に進出したのか?
  4. このリライアンスというNGOは、なぜスーダンを支援対象国として選んだのか?

誰か知っていたら教えて下さい。


書評-『世界を変えるお金の使い方』 [仕事が好き]

山本良一、Think the Earth Project 『世界を変えるお金の使い方』 ダイヤモンド社、2004年

キーワード:社会貢献、「世のため、人のため、地球のため」、地球温暖化地獄、持続可能な経済社会、地域再生、市民ひとりひとりに責任、NGO/NPO、CSR、募金、寄付、関心の持続、市場の失敗、政府の失敗、地域通貨、行政、企業、ボランティア、マイクロクレジット、環境配慮商品

開発援助の業界に籍を置く者として、僕は常に自分が取り組んでいる世界の貧困という問題を、いかに日本の市民の皆さんに説明したらよいかに強い関心をもっている。今の日本で最もリッチなのは、IT長者を除けば60代のシルバー世代。彼らが海外旅行に費やすお金の何割かでもNGOが取り組んでいる途上国の開発事業や多くのNPOが取り組んでいる国内の地域福祉改善事業に振り向けられれば、もっと多くの貧しい人々の脆弱な生活基盤を改善し、行政任せの公共サービスは受益者にニーズによりよく応えられるよう質も改善されるだろう。こうしてNGOやNPO、ODA事業などが寄附者や出資者と目に見える形で繋がれば、当然説明責任も求められるわけで、こうした事業を行なう側の能力強化にもなるだろう。

でも、それが世の中の大きな動きになかなか繋がっていかないのはなぜなのだろうか。僕は、それが、社会変革を指向する人々が、社会的成功者や小金持ちのシルバー世代に対してオルタナティブなお金の使い方の選択肢を示すのに成功していないからだと思う。そうした意味で、本書のような書籍が登場したことは非常に歓迎すべきことだ。

結局、お金の使い道は、そのお金によって消費者がどれだけの満足感を得られるかだと思う。自分が服1着を購入するのを我慢して、カンボジアやアフガニスタンの地雷除去活動に投資することで、多くの子供達が爆発に巻き込まれるリスクを軽減できるとしたら、そちらの方が大きい満足感を得られる人は多いのではないだろうか。

何年か前に、何人かの方とお酒を飲みながら、ODAの事業のうち、農村開発型のプロジェクトの中のインフラ整備のコンポーネント―――村落給水や学校校舎建設などを切り分けて、小口出資者を別途募ってみたらどうかという提案をしたことがある。自分のお金によって、どの村のどのような住民の生活がどのように良くなったのかがわかれば、出してもいいと思う人はもっといるかもしれない。その構造物に出資者としての名前が刻まれたりしたらなおのことだ。勿論、使わせていただく以上、ODAが納税者に果たす説明責任とは別に、出資者に対する説明責任も果たさなければならないことになるだろう。


東京ユビキタス会議―その後 [仕事が好き]

昨日あったちょっと嬉しいお話。

去年の夏に「情報通信セクター政策改革と地方通信インフラ」という9日間のセミナーを欧州復興開発銀行(EBRD)、カナダのIDRC、慶応大学と共催したお話は、以前このブログでも紹介したが、EBRD関係者に作っていただいた英文レポートの改訂と日本語解説を僕が付けて簡易製本した。これを東京ユビキタス会議のJICAのブースに出展してもらったところ、この会議にパネリストとして出席されていたハワイ大学の先生がたまたま報告書を目にされ、大学に持ち帰って「この報告書は自分が今までに見たテレコム関連のテキストとしては最もまとまっている。」と高い評価をされ、何部かコピーを送って欲しいとお問い合わせいただいた。簡易製本にしたので紙質が非常に悪く、表紙だけファンシーに見せたのでちょっと恥ずかしい。でも、こういうふうに評価してもらえると、ちょっと嬉しい。

http://www.jica.go.jp/activities/report/seminer/2005_03.html


タイへの援助 [仕事が好き]

少子高齢化の話の続きとして、4月の初頭に出席してみたタイ国別援助計画改定に関する公聴会についてご紹介しよう。

外務省は主要な被援助国について国別援助計画の策定ないし改定を定期的に行なっているが、今回は1月にタスクの案がまとまったタイについて公聴会が行なわれた。報告は、主査を務められた東大のS先生――僕が某大学の通信課程において「今さら何でキャッチアップ型経済発展か」と暴言を吐き、担当教官をいたくご立腹させてしまったいわくつきテキストの著者である。S先生は一昨年にJICAが実施した「タイ国別援助研究」研究会の座長を務められ、外務省の改定タスクの主査も、その縁で、この研究会の成果を実際のタイとの協力関係に生かさねばならないというお考えの下で受けられたそうだ。

実際にまとまった改定案は、援助研究会の検討結果がかなり反映されている。最大のポイントは、①中進国に対する今後の協力のあり方(タイは「援助」という言葉を嫌っており、「パートナーシップ」という対等関係を指向している)、②対等関係に基づき、域内協力を日・タイの協力の下でいかに進めるか、という2点にあったと思う。従って、外務省は「援助計画」という言葉を使っていたが、S先生は「協力計画」と言葉を変えておられた。

タイはもはや資金援助を必要としていないが、依然として日本の経験やノウハウは欲してる。例えば、タイはアフリカ援助も積極的に推進していきたいとの意向のようだが、このような援助実施側のノウハウはタイ政府も未だ十分に有しているわけではない。また、タイでは一村一品運動がある意味日本よりも盛んであり、既に農村部での大学就学率も相当高い水準に達しているとのことである。フロアの特にNGOの関係者からは、「マクロから見た姿と実際に草の根で起きていることは違う。所得格差の問題は依然として存在しており、引き続きODAでの支援は必要」との意見が多く出されたが、S先生は、そのようなソーシャルセーフティネットを自前で構築するだけのキャパシティを既にタイは持っているので、ODAで何ができるかを考えるよりも、タイが自らどのように取り組んでゆくのかを見守るべきと反論されていた。

また、S先生の発表の中で特筆すべきはタイの少子高齢化問題に言及されたことである。今朝の新聞報道で、日本の2004年の合計特殊出生率が1.28で過去最低を4年連続更新したという記事があったが、タイは現在1.8程度に下がってきており、人口維持に必要な2.08を既に下回っているのである。

公聴会の後、S先生にお誘いを受け、焼酎グラスを片手に引き続きいろいろなお話をうかがった。大学のディスカッションで僕は、「IMFや世銀のエコノミストとS先生のようなキャリアの方が議論しても話がかみ合わないだろう」と発言したことが指導教官のお怒りを買った直接のきっかけだったと記憶している。僕は決して日本の地域研究者がIMF・世銀のエコノミストに劣ると言ったつもりはなく、そもそも地域や課題へのアプローチの仕方が違うのだということを申し上げたかったのだが、飲みながらS先生が数年前に当時東大から世銀に出向中だったK先生に短期間でも世銀に来ないかとお誘いを受けながら結局断ったというエピソードとか、自分と世銀のエコノミストとでは話が合わないのではないかというお話とか、うかがった。

エコノミストが経済指標をみてその国のことをとやかく言うのは簡単だが、その国にどっぷり浸かって、現地語でいろいろな人々とコミュニケーションがとれ、政府高官との政策対話とは別次元のその国の実情を知ることのできる日本の地域研究者の方が、本当はその国のことがよく見えているのではないかと改めて実感した。S先生と飲んでみて、タイの隅々までよくご存知の先生の情報網と分析力に頭の下がる思いだった。


途上国の高齢化 [仕事が好き]

日本の少子高齢化が進んで2007年頃には人口が減少に転換するのではないかというので大騒ぎになっているが、高齢化が進んでいるのは先進国だけじゃなく、途上国も同じだということはご存知だろうか。

人口増加が著しい社会では人口構成が富士山のような綺麗な裾野を示すのだが、高齢化が進むとこの山の高さが増し、裾野が縮小して釣鐘のような形態になるが、国連統計で2050年の姿をそうぞうしてみると、アフリカですら釣鐘状を示しつつあるのだそうだ。高齢化社会への入り口は年齢65歳以上の高齢者の人口比率が7%を超えることであるが、2050年にはアフリカですら7%を超す推計値が出ている。

最も劇的なのは東アジアだ。高齢化社会入りから14%を超える高齢社会入りするのに日本で25年かかっているが、アジアの多くの国はそれを20年未満で迎えるという。アジアは豊富な労働力を背景に工業化を進めて、先進国や先発途上国へのキャッチアップを進めてきたが、キャッチアップを実現する前になんと高齢化社会を迎え、就労年齢人口がどんどん高齢化していき、経済の潜在成長力が低下局面を迎えることも考えられるのだ。

僕たちが大学で開発経済学を勉強した頃は、労働過剰経済を前提として、この過剰労働力を労働集約型の都市部の産業が吸収していく形で経済発展が進み、やがて転換点を迎えて労働不足局面に入り、賃金が上昇し始める、それが産業高度化に繋がっていくというシナリオを学んだ。高齢化社会を迎えるとこのシナリオに変更を余儀なくされる。

高齢化が進めば政府の財政収入は増えない。増えないのにこれまで成長重視の戦略の過程で整備が進められてきた社会資本などは老朽化し、更新需要が高まってくる。財政資金だけでは社会資本の更新ができなくなってくるのだ。日本でも、今地方自治体の水道公社が丁度設備の更新期を迎えている。しかし、更新に必要な財政資金の調達も苦しく、また水道技術者も定員増がなかなか認められない中でどんどん高齢化が進み、維持管理を行なうための後進の人材も育っていない。もはや個々の地方自治体単位の公共水道事業は立ち行かなくなってきている。そこで検討されているのが水道事業の民間開放(PPP、Public-Private Partnerships)である。おそらくアジアの途上国においても、社会資本整備では民間事業者への開放が進められる必要があるだろう。

社会保障制度はいわずもがなだ。日本の年金制度がこれだけ叩かれているのだから、日本の制度を持っていってもアジアでは立ち行かないだろう。アジアの社会保障の制度設計において、手本になる先行事例はない。考えていかねばならないのだ。

援助の世界も様変わりだろう。リプロダクティブヘルス分野での協力はいずれ再考を強いられるだろうし、社会資本整備といった日本がお得意の協力も、全額援助で支援するような姿は少なくなっていくのではないかと思う。日本の技術やノウハウを途上国に移転するような話ではそもそもないのだから、新しい制度の設計は先行国のグッドプラクティス、バッドプラクティスを参考にしつつ皆で考えていかなければならない。ナレッジ共有によって一緒に考えていくような知的交流が今後重みを増すのではないかと思う。

援助では、今そこに存在する課題に対する取組みの支援はできるが、10年後、20年後に確実に起こるであろう問題に今から取り組むような予算配分がなかなかできない。途上国の高齢化対策というとたいていの援助関係者は「なにそれ?」という反応なのだ。地道にこの問題への理解者を増やしていくよう努力していかなければならない。


東京ユビキタス会議 [仕事が好き]

16、17日と世界情報社会サミット(WSIS)のテーマ別会合の1つである「東京ユビキタスネットワーク会議」を傍聴させていただいた。場所は京王プラザホテルだ。

お恥ずかしい話、ボクはユビキタスとデジタルディバイドがどうくっつくのかよくわからなかった。初日の午後のナレッジ共有と人材育成のセッションに出ていた印象としては、途上国相手にユビキタスというのは、オープンソースのラーニングツールの開発・共有のことを言うのかなと思ってしまった。

例えばアフリカでウェブベースのラーニングツールなんていったら、アクセスできるユーザーはものすごく限られるだろう。ましてや、みんな薔薇色の未来を語っていて誰も問題提起していなかったけど、そんなツールにアクセスできるのは高等教育まで受けることができた学生に限られ、コンテンツの共通言語は英語になるのだろう。最近、ある本を読んでいて、グローバリゼーションが進展する中で、希少なローカル言語がどんどん消滅しつつあることを知ったが、要はコンテンツが英語ばっかりだと英語のわかる奴が得をする世の中になっていってしまうのではないか。そんな心配が頭をよぎった。

2日目は午前中のデジタルディバイドのセッションだけ傍聴した。発表者間の繋がりがあまり良くないなと思いながらも、デジタルディバイド解消に向けた現場の知恵を生かした取組みが数多く紹介されていて、人間もまだまだ捨てたもんじゃないなとうれしい気持ちになった。

多くの発表者が、デジタルディバイド解消のためにはルーラルインフラが重要と指摘し、それに向けて①競争導入と規制枠組みの強化、②ルーラル地域の受益者を対象とした補助金支給制度を整備し、民間事業者が参入しやすい環境を作るのが重要との指摘があった。ユビキタスはユニバーサルアクセスが実現してから次の課題であるとの発言についても、首肯できるものがあった。

 


たまには配属先の業務範囲を越えて動かなきゃならないこともある [仕事が好き]

昨日の竹内結子できちゃった婚ショックにめげずにポジティブに行きたいオヤジである。

ところで、昨日は某国際機関の駐日事務所とどうしたら援助連携をすすめられるかについて勉強会を主催した。元々僕の配属先の業務とはあまり関係のない話だったけれど、うちの部長がイニシアチブを取った話なので、いろいろ理屈をつけて僕が実際のアレンジをした。この話自体が来たのは4月の今頃で、連休を挟むから準備期間が少なく、かつうちの組織の中でいろいろな部署の人に出席してもらって短いプレゼンをお願いしたりしなければならず、かなりしんどい作業だった。

他の発表者への振付を連休前に済ませ、僕は勉強会のオオトリで自分がプレゼンをやるつもりでいたため、連休の後半で関連の資料にざっと目を通し、9日の午後半日程度をかけてパワーポイントの準備をした。突貫工事だったので、かなり粗いプレゼンだったが、相手のことを自分なりに調べてどこで連携の接点がありそうか、実際に連携を進める上での課題が何かなどを整理したので、それなりに勉強会のラップアップには使えたのではないかと思う。

但し、両機関の実務者が集まって勉強会を1回やったというだけで、実際に途上国の現場での連携が上手くいくとは思えない。先方の国際機関は包括業務提携の覚書のようなものを締結したいという希望を持っておられたが、勉強会での方向性としては現場に近いカントリーオフィス同士でもっと情報交換を進めるところから始めるべきというトーンだったので、このままでは終わらないだろうと薄々は思っているところだ。

僕は、配属先の所掌業務はここからここまでだから余計なことはすべきでないという考えがあまり好きではない。以前自分も別の国際機関に出向していて自分の出身機関に連携の話を持ちかけてことごとく実現しなかった苦い経験がある。だから、こういう2つの別々の組織が一緒に何かやろうという時には、双方の組織の中にやる気があって組織内の調整に動き回ってくれるような支援者(チャンピオン)がいることがとても大切であるということがよくわかっているつもりだ。そして、そういう「個人プレー」がお気に召さない管理職も結構いらっしゃるということもわかっている。

今朝、これにまつわるちょっと重いやりとりを上司としながら、ああやっぱり自分はこんなところで研究員をやっているよりも、現場のオペレーションで他機関と相互補完しながら援助の効果をいかに高めるのかを考えている方が好きなのだなと改めて思った。特に、こういう2機関の連携の話では、相手のことを十分理解して相手の土俵で相撲を取れることがとても重要であるが、僕はこういう相手のことを学んでどこをどう組み合わせるとWin-Winの関係になるのかというパズルを考えるのがとても好きだ。他人からテーマを与えられて気の乗らない研究をやっているよりもよっぽど面白い。

そう思っているところに部長から電話があり、僕が勉強会の最後に行なったプレゼンが勉強会の締めとして非常にまとまっていて良かったとお褒めの言葉をいただいた。捨てる神あれば拾う神ありだ。今日いちばん嬉しかったことである。

 


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