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俺の中学時代②-愛車 [趣味]

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小学校から中学校に上がるのは、今もそうだけれど大きな出来事だと思う。ひと言でいえば、行動範囲が広がるのである。僕の育った町では、公立の小学校を卒業すればほぼ例外なく町に1つしかない公立の中学校に進学する。中学校が町の中心にあるのに対し、僕の住んでいた地区は町の最南端にあった。小学校までは徒歩15分程度で通えたが、中学校に通うのは距離的には3倍近くにもなる。徒歩通学は無理なので、当然自転車が必要になった。

小学校6年間を同じ自転車で過ごすのは難しい。成長が速いので、低学年の時に買ってもらった自転車を6年生にもなって乗るのは窮屈だ。そこで僕は母親の乗っていた自転車を使わせてもらっていた。今でいう「ママチャリ」だが、当時は「ミニサイクル」というジャンルすらまだ存在しなかった時代で、オヤジの乗るような自転車で、フレームだけ女性が跨ぎやすいように加工されていた程度に過ぎないものだ。お陰で僕らは「三角乗り」はやらずに済んだ。

ただ、これで中学校に通学するわけにはいかない。だから、中学生の体格に合わせて自転車を新調してもらえることになった。

僕が小学6年生から中学1年生になる1975~76年というのは、ティーンエイジャー向けのスポーツサイクルといえば、ドロップハンドル、トップチューブ上に据え付けられた変速機、そして、高級車になればなるほど、ブレーキランプに時には右折左折のウインカー機能すら付いている後部の「フラッシャー」が燦然と輝いていた。ただ、フラッシャー付きの自転車を学校に乗っていくと、やっかむ先輩方や同級生の餌食になって壊されたり盗まれたりするという噂も小6生の間では広まり、華美なフラッシャーを避けて、それでも他の同級生とどう差別化を図るかは大きな課題だった。

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好成績の舞台裏 [趣味]

9月30日(日)に開催された秋季市民剣道大会は、僕にとっては望外ともいえる好成績だった。個人戦は2回戦で敗退、団体戦は2戦勝ち上がって3位入賞だが、副将としては1回戦、2回戦とも2本取ってチームの勝利に貢献できた。通算では3勝2敗。勝ち数が負け数を上回ったこともさることながら、今の僕にとってはベストに近い試合ができたという点では満足している。5試合もできたのだから、有意義な1日だった。

5月下旬の春季大会直後に痛めた右手首の靭帯は、2ヵ月近く稽古を自重して痛みは感じなくはなってきているが、面を空振りすると痛みが走るので、今でも手首をテーピングで固定して稽古にも臨んでいる。加えて、今週は木曜朝から胸の痛みで立っているのが苦しくなり、27日(木)は午後半休を取って自宅で横になって静養する事態にも陥った。この胸の痛みはなかなか回復せず、試合前日の29日(土)の稽古も休んだ。土曜日は末の息子の小学校の運動会と娘の中学校の文化祭が重なり、はしごするだけでも疲労困憊で、とても稽古できる体調ではなかったのだ。

去年は道場の夏合宿から始動し、かなり稽古を積んで万全の状態で試合当日に臨んだが、ピークが1週早く訪れてしまった感があって、試合当日は体が重かった。その反省もあったので、今年は始動自体を遅めにし、前日の稽古も休んで体力温存に努めて、当日の試合に臨んだのである。また、試合直前の胸の痛みがあったものの、今回は先月から今月にかけて相当な距離を歩いてきた。それも意識して早歩きで。無理したら膝の痛みに悩まされるところだったが、実家の母からもらったグルコサミン&コンドロイチンのサプリメントが効いたのか、痛みを感じることが少なく、当日も膝や足が万全の状態で試合に臨めた。ストレッチも相当念入りにやっている。

とはいっても、やみくもに稽古や運動だけやっているのがオヤジの剣道ではない。今回は下記の独習書を読み、その中で「これは」という技を稽古でも試してみるよう心がけた。この本は、2001年に僕が米国ワシントンで剣道をやっていた頃に購入したもので、基本技ばかりではなく、相当に実戦的な技の解説まで掲載されていて、非常に参考になる。加えて前日にはYouTubeで寺本将司先生の一本集を見てイメージトレーニングも行なった。

実戦のための剣道講座 ここ一番に役立つ技八十九手 (剣道日本)

実戦のための剣道講座 ここ一番に役立つ技八十九手 (剣道日本)

  • 作者: 小川 春喜
  • 出版社/メーカー: スキージャーナル
  • 発売日: 2001/11/01
  • メディア: 単行本
内容紹介
剣の理法に則った技を、心理面にもふれながら豊富な写真によってわかりやすく解説。技の使用法やしかけるポイント、稽古でのアドバイスなど、実戦での勝利に向けてより多くの技を知り、体得する。奥深い剣道へ実力アップの一冊。

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四段受験へ [趣味]

4月15日、国立市で開催される西東京剣道連盟主催の審査会で、四段受験に臨むことになった。今年11月の受験を考えていたが、どうも今年11月の僕の日程がタイトなので、4月の審査会の話を知った時、前倒しできるならしようと思った。仮に不合格だったとしても、一度ぐらいは審査会の雰囲気を味わっておくのもいいかと思ったし…。

三段に合格したのは2001年11月のことだったので、10年経ってようやくだ。通常三段合格から3年修業を積めば四段受験資格は得られる。僕はこの間仕事が忙しすぎて稽古が全くできなかった空白期間が5年ほどあるが、それでも十分に受験資格は有する。それに、三段合格から現在に至るまでには多くの先生方からご指導をいただき、自分なりに研究も重ねてきたので、こと実技の面では納得のいく演技ができるのではないかと思う。そこは、道場の先生にもお墨付きはいただいている。

ただ問題は日本剣道形審査。米国では三段で既に小太刀三本目まで審査対象となっていたので経験済みではあるが、日本で二段受験した際には太刀五本目までしか審査対象でなかったものがいきなり太刀七本、小太刀三本に増えたので、準備しきれずに形審査で一度不合格になるという憂き目を見た。その頃に比べれば形の稽古は多少は積んで、動作は覚えてきたとはいえ、先生の指導を受けて理合を理解しているわけではない。道場では先生にお願いし、多めに形の稽古をさせていただくことにし、講習会にも参加して、とにかく相手のいる場での経験を積んで臨みたい。

こういう時には下記の蔵書が独習には非常に役立つ。朝出勤前のひと時、自宅の向かいにある神社の境内で、木刀を振ることにした。合格祈願もしないと。審査会はちょうど1ヵ月先だ。

わかりやすい剣道段級審査

わかりやすい剣道段級審査

  • 作者: 香田 郡秀
  • 出版社/メーカー: 成美堂出版
  • 発売日: 2010/01
  • メディア: 文庫


『Glory Road』 [趣味]

グローリー・ロード [DVD]

グローリー・ロード [DVD]

  • 出版社/メーカー: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
  • メディア: DVD
内容(「Oricon」データベースより)
1966年のアメリカ大学バスケットボール界では黒人選手は1試合に3名しか出場させられないのが暗黙のルール。ドン・ハスキンズ率いる弱小チームは大学から勝つことを強いられていた。そんな中、ハスキンズはNYのストリートバスケットボールに興じる黒人の若者のプレイに心を動かされチームに引き抜き、チームは半数以上が黒人選手に。当時では考えられない型破りなチームの快進撃が始まった!
1週間硬派系の記事ばかりをアップするのも疲れたので、本日は趣向を変えて1年前まで駐在していたインドで、ケーブルテレビの映画チャンネルで何度も見てしまったスポーツ映画ばかりをここでご紹介したいと思う。1年前に離任の準備で家財道具の処分の作業をやっていた5月6月頃、本日のタイトルにもした『Glory Road』が何度も繰り返し放映されていて、カレッジ・バスケットボールのゲームのシーンの面白さに釘付けになってしまったために、そのシーンだけお目当てに何度もチャンネルを合わせるという結構お気楽なことをやっていた。

この話は実話に基づいていて、黒人選手ばかりになってしまった現在ではとても考えられないことだが、昔はバスケといったら白人のスポーツだった。僕の最も印象に残っているカレッジの選手といったら1985-86年シーズンにケンタッキー大学で活躍していたケニー・ウォーカーなのだが、当時のこの大学はコートの5人のうち4人まで黒人選手で占めていた。その名門ケンタッキーが1960年代は白人至上主義のチーム編成にしていて、この映画で描かれているテキサス・ウエスタン大学にNCAAトーナメント決勝で敗れてからその方針を捨てて黒人選手を初めて獲得した。

バスケットボールの映画で他にお薦めなのは、『Hoosiers(勝利への旅立ち)』。これはインディアナ州のとある田舎町のハイスクールの話で、控えも含めて白人選手だけで構成された(というか当時のインディアナ州の田舎に黒人はいなかったのだろう)このチームが州選手権の決勝まで勝ち進んで最後に対戦した相手は運動能力の高い黒人選手を5人揃えたチームだった。これも試合のシーンは見もので、再放送されたらたいてい見入ってしまう。

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不惑のオジサン剣士、試合で負傷 [趣味]

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本来なら週報として今週1週間の出来事をご紹介するのが日曜日の日課だったのだが、予定を変更して本日開催された新宿区剣道大会についてご報告したい。職場のチームとしてエントリーし、僕は中堅として出場した。職場のチームの代表として出場するのはこれが初めてだ。

東日本大震災の後だけに、開催自体も危ぶまれた大会だったようだが、こうして開催となり、主催者の新宿区剣道連盟と関係者の皆さまに先ずはお礼申し上げたいと思う。職場のチームとして参加するのはこの大会しかないので、中止にされると会社名の垂ゼッケンで出場する機会はまた1年先となってしまうところだった。

とはいえ、震災後はいつも稽古で使わせていただいていた体育館も節電対策のため使えず、各メンバーとも地元の道場で稽古を続けて技を磨くしかなかった。こうしてチームとしてお互いの技量を確認し、そして親睦を深める機会はとても大事だ。

それと、面をつけて稽古を始めて未だ数週間という我が家の次男に試合の雰囲気を味わってもらえたらと思い、次男だけ連れて参戦したのである。前日息子の稽古を見学したが、さすがに面をつけた稽古は未だ3回しかやってないからか、同じ学年の子供達と試合形式でやっても、声は出てないし、メンを打つのに一生懸命の様子で、あまりにも相手と周囲が見えていない。少しばかり大人の試合を見せたら、選手がどのように戦っているのかがわかってもらえるだろう。

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タグ:剣道

にわかコーヒー党 [趣味]

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16日(土)の話である。我が家の近所にある中近東文化センター附属博物館で、「珈琲がやってきた-中近東、ヨーロッパ、そして日本-」という企画展示が始まったので、家族全員で自転車で見学に出かけた。この企画は、本来なら3月19日スタートの筈だったのだが、東日本大震災の影響で延期になり、4月15日から開館となったもの。
 標 交紀(しめぎ ゆきとし)氏は、自家焙煎の珈琲店「もか」を1962年から吉祥寺で営業され、多くのコーヒー愛好家に親しまれましたが、2007年12月に逝去されました。中近東文化センター附属博物館は、2009年3月8日に標氏が蒐集したコーヒー関連の美術・工芸品、約250点の寄託を受け、「標交紀「もか」コーヒーコレクション」として、展示しております。
 標氏の著書『珈琲の旅』(みづほ書房)には、「ダイヤモンドのコーヒー」と呼ぶ美味しいコーヒーを求めて、ヨーロッパを旅行した様子が記されています。標氏は生涯をかけて、世界中のコーヒーを探求し、その際に出会った多くの優れたコーヒー関連の品々を蒐集されました。そのコレクションによって、中近東地域に遡るコーヒーの歴史を知ることができます。そして、その品々を見ることによって、伝説的なコーヒー人である標氏のコーヒーにかける情熱が伝わってきます。写真のウィーン、コーヒー伝来300周年記念人形は、「もか」の店内に長年置かれ、多くの来客を迎えてきた標コレクションを代表する作品です。

*博物館HPより
元々三鷹が地元であるうちの妻に聞いたところ、吉祥寺の「もか」という珈琲店は井の頭公園の入口近くにあったという。結構なコレクションで、よくぞまあこんなにいっぱい集めたなぁと感心する展示である。標氏は世界中旅したとあるけれど、さすがにコーヒーよりもチャイの方が元々盛んだったインドにはお越しになられていない。

ここの展示を見て初めてわかったのは、昔の中近東でのコーヒーは柄の付いていない小さな陶器のカップで飲まれていたということと、それが伝わった欧州でも、柄の付いたコーヒーカップを作れる技術がなかったので、17世紀後半に日本の有田に注文があり、そこで生産されるようになったのだということである。つまり、世界で初めての柄の付いたコーヒーカップは有田焼のメイドインジャパンだったということだ。

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ビール愛好家のための格付ガイド [趣味]

The Beer Lover's Rating Guide (Revised)

The Beer Lover's Rating Guide (Revised)

  • 作者: Robert Klein
  • 出版社/メーカー: Workman Pub Co
  • 発売日: 2000/10/16
  • メディア: ペーパーバック

内容説明
Bob Klein's passion for beer has taken him on a decades-long 90,000 mile journey in search of brews from every corner of the globe. Here, in an easy-to-use form are the results.
最近知ったのだが、2年ぐらい前まで僕のブログに時々コメントを下さっていた方が、実は僕の高校の同級生だったらしいというのがミクシィの足跡から判明した。僕と同じ岐阜県出身の方だというのはわかっていたが、ブログ記事での言及内容から長良川流域で住まわれていた方だろうと想像していた。さらに言えば年齢的にも僕よりも年下の30代の方だろうと思っていた。それがまさか同級生とは…。ニックネームしか知らないので、実名がわからない中で460名もいる同級生の中から誰かを特定することは不可能に近い。国語が強い人だろうと想像はするが…。

でもその方がのんべいだというのはブログでのニックネームから容易に想像がつく。そこでその方に贈る本日紹介の1冊。僕が米国駐在時代に最も頻繁に目を通していたガイドブックだ。

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聖パトリックスデーといえば… [趣味]

日本でも聖パトリックスデーを祝うイベントがあるというのは知らなかった。

聖パトリックスデーといえば、僕的にはこれ―――。

green-beer.jpg僕がグリーン・ビールを飲んだのは1989年3月に訪問先の米国アイオワ州チャールズシティのバーで、吹雪の中を知人の車に乗って出かけ、ほろ酔い気分で帰路についたら知人が思い切り車をドリフトさせていっぺんに酔いが吹っ飛んだ思い出があるだけだ。その後2000年から3年間住んだワシントンDCでは、グリーン・ビールを探したけれどもお目にかかったことがない。

日本で飲めないかな…。そんなのがあったら日本の生活も悪くないか…。

ちなみに、この日はホワイト・デーでもあったわけだが、妻と電話で話したけれども何にも言わなかったし伝えもしなかった。バレンタイン・デーの日に電話もなかったお返しというわけではないけれど、何だか忘れてしまった。来年のホワイト・デーではこの償いをきっといたします。確実に日本にいるだろうから。

真岡鉄道、冬景色 [趣味]

AFPのニュース素材選択の基準はよくわからないが、時々いいなと思うような記事が掲載されることがある。真岡鉄道のSLの写真なんてのはその典型例で、1月23日にAFPのカメラマンが撮ってきた写真をそのまま載せ、特に解説記事も付けていない。ただの写真だけの記事である。

懐かしいです。10年前の2000年夏、僕は家族連れで真岡鉄道乗車の旅に出かけている。当時3歳だった長男が鉄道好きの片鱗を見せ始めていた頃で、当時住んでいた京王線聖蹟桜ケ丘では、時々彼を連れて多摩川堤防に行き、鉄橋を渡って走る京王線の列車を見せていたものだった。『機関車トーマス』が大好きで、随分とビデオを見ていたと記憶している。そして、蒸気機関車に対する期待感を目いっぱい高めておいてそれで連れて行ったのが真岡鉄道だったというわけ。

当然大喜びで、機関室を見せてもらい、機関士が石炭をくべるところも見せてもらって大興奮だった。かくいう僕も、高々とかき慣らされた汽笛には心が高鳴った。下館から真岡を経由して茂木まで行き、そこで昼食を食べてまた下館まで引き返すという往復3時間ほどの旅だった。ワシントンDCから比較的短時間で行ける場所での汽車の旅(Train Ride)は相当頻繁にやっていた米国駐在時代も含め、僕が家族サービスに相当な時間が割けた良い時代だった。

*米国駐在時代の列車の旅の記録は下記URLからご覧いただけます。
 http://www.sanchai.net/Railways.htm

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『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 [趣味]

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2枚組) [DVD]

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2枚組) [DVD]

  • 出版社/メーカー: VAP independent(VAP)(D)
  • メディア: DVD
内容紹介
リリー・フランキー原作の同名ベストセラーを映画化した本作は、ドラマ版とは違って、映画ならではの細部へのこだわりや、絶妙なキャスティングによって、原作の持ち味を存分に活かすことになった。原作者自身がモデルである主人公の「ボク」が、炭鉱町・筑豊での少年時代を経て、東京でイラストレーター兼コラムニストそして成功。ガンに冒された「オカン」を東京に呼び寄せるという物語は、ほぼ原作どおり。映画だからといって、妙に本筋を外れなかったことに好感が持てる。
長髪で無精ヒゲを生やしたオダギリ ジョーは、思いのほかリリー・フランキー本人に近いイメージ。さらに樹木希林のオカンの若き日を実娘の内田也哉子が演じることで、時の流れが見事に表現されている。そのほかキャストでは、原作にも出てくる松田美由紀の使われ方や、一瞬だけ登場する豪華ゲストも見どころ。炭鉱町のセットを始め、その後の80~90年代のカルチャーも丁寧に映像化された。原作ファンが気になるのはクライマックスだが、オカンがガンに苦しむ姿を壮絶に描く反面、その後は過剰な演出を避けたたことで、原作よりも、じっくり感動する人が多いかもしれない。映画として、どこにインパクトを与えるべきなのかを、監督の松岡錠司は知っているのだろう。(斉藤博昭)
大晦日の夜、職場関係の野郎4人で我が家に集まり、酒盛りをやって新年を祝ったという話は前回重松清著『十字架』を紹介した記事の中でも言及したが、その際、取りあえずBGM的にお客さんに見せていたのがこのDVD。現在バンコクで新年を祝っている真っ最中の別の同僚から貸してもらったもので、年末年始に纏めて見てしまおうと思っていたものだ。(実はその前に1人の時にも一度見ているので、流し上映であっても一応内容は把握している。)

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