So-net無料ブログ作成

『ウォーター・ウォーズ』 [ヴァンダナ・シヴァ]

ウォーター・ウォーズ―水の私有化、汚染、そして利益をめぐって

ウォーター・ウォーズ―水の私有化、汚染、そして利益をめぐって

  • 作者: ヴァンダナ シヴァ
  • 出版社/メーカー: 緑風出版
  • 発売日: 2003/03
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
いま欧米の多国籍企業は、ダム建設や水道・潅漑システムからミネラルウオーターまで、世界貿易機関(WTO)などを利用しつつ国際的な水支配、水戦争を仕掛けている。しかし、水の私有化や水道の民営化に象徴される水戦争は、人々から水という共有財産を奪い、農業の破壊や貧困の拡大を招き、地域・民族紛争と戦争を誘発し、地球環境を破壊するものだ。世界的に著名な著者が世界の水戦争を分析し、水問題の解決の方向を提起する。
緑風出版というのは名前から連想されるように、環境問題を啓蒙するような書籍を重点的に扱っている出版社であるようだ。ただ、前回『バイオパイラシー』を読んだ時にも感じたが、もう少し編集側で翻訳のチェックをちゃんとした方がいいと思うことが多い。日本語がおかしいというのではなく、カタカナ化された固有名詞が何だか変なのである。「ムスーリエ丘陵」は「ムスリー丘陵」、「ジャムシェプール」は「ジャムシェドプール」、「ヴェーラッパン」は「ヴィーラッパン」、「ミソーレ州」は「マイソール州」、「ユリイカ・フォーブス」は「ユーレカ・フォーブス」だろう。訳者がインドに住んだ経験がないからだろうが、インドの地名人名ブランド名については僕らが通常使っているカタカナ表記から外れた表記が結構多い。そういうのはインド在住経験のある人にチェックしてもらえば済む話だろう。でも、それだけではない。「マグサイサイ賞」のような知名度の高い国際表彰を「マサガサイ賞」と訳してそれを放置してしまうのは、訳者と編集者の無知をさらしてしまうようなものだと思う。

僕が購入せずに図書館等で借りて集中的に読むヴァンダナ・シヴァの著作はこれが最後である。毎度のことながら、シヴァの持つ情報量、行動範囲の広さ、そしてそれらを体系化して論理的に発信する能力には圧倒される。こういう人だから、「オールタナティブなノーベル賞」とも言われる「ライト・ライブリフッド賞」を1993年に受賞したのだろう。(「アジアのノーベル賞」である「マグサイサイ賞」は、インドにおける緑の革命の父と言われるM.S.スワミナタンが受賞しているという時点でヴァンダナ・シヴァは一線を画しているのだろう。)

1.水不足の原因について
 私は自分の国が、水の豊かな国から水不足の国に変貌する様を目のあたりにしている。1982年、集水地帯の多孔質岩地層の採掘によって、ずっと昔から故郷の谷を流れていた川が干上がってしまった。また、ユーカリの単一植林が広がり、デカン高原の各地の貯水池や川が干上がったのもこの目で見た。緑の革命のテクノロジーが水をがぶ飲みしたせいで、水飢饉が州から州へと続発したのも目撃した。水に恵まれた地方の水源が汚染されてしまい、私は共同体の人たちと共に闘った。どの場合を見ても、水不足の物語は、欲望とずさんなテクノロジーと、自然が補充し浄化できる以上のものを手に入れようとする人たちが登場する物語なのであった。(p.23)


2.水利権の問題について
水利権の解釈、世界の水の分配原則には、①領土主権論、②自然流水論、③公平分配論、④共同体帰属論といったものがあるらしい。しかし、これは国家間の水利権の解釈をめぐるものであるようで、インドの国内で州を跨って流れる河川への解釈については確固とした理論基盤を提供していないらしい。
 インドでは、州内河川のような共同水資源の自由使用を許している州はない。1933年インド政府条例は、州内河川の水に対して地方(註:多分、「県(district)」のこと)による使用に制限を設けている。もし1地方の行動が他の地方の利益を害するかまたは害するおそれがあると判断されれば、後者は州知事に不服を申し立てることができる。インド憲法も、川岸共有州が他の川岸共有州に及ぼし得る害を考慮に入れずに州内河川を開発することを禁じている。憲法は議会に「使用に関する論争あるいは苦情を裁量(註:「裁定」の方がいい訳)するため、州内河川または渓流の水の分配あるいは管理について」規定する権限を与えている。条例はしかし、州内の水論争を収拾するためにどのような原則に従わねばならないかについては何も触れていない。(p.143)

 ほとんどの場合、巨大水利プロジェクトは強者を利し、弱者から奪う。たとえこのようなプロジェクトが公的資金によるものであっても、その受益者は主に建設会社であり、産業界であり、営利農業である。民営化は官の役割の消滅である、と美しく語られるが、現実に目にするのは地域社会の水資源管理を覆す国家の水利政策への介入の拡大である。世界銀行に押し付けられた政策と世界貿易機関(WTO)がこしらえた貿易自由化の取り決めが、世界中に企業=国家という文化を広く作り出している。(p.150)


3.企業によるミネラルウォーター供給について
インドにいた頃、純粋に「ミネラルウォーター」と呼べるのは「ヒマラヤ(Himalaya)」ともう1つのブランド(思い出せない)しかなく、後の水は「濾過水(filtrated water)」としかパッケージに書かれていないと聞いたことがある。
 1999年3月、103種の瓶詰め水を検査した自然資源保護審議会は瓶詰め水が水道水より安全なことはまったくないことを発見した。ブランド品の1/3にヒ素と大腸菌が検出され、1/4はただの水道水であった。インドでは、アーマダバード(註:アーメダバード)に本部がある消費者教育調査センターが有名13商品中わずか3商品だけが瓶の製品表示に合致していた。いくつかは100%無菌を謳っていたが、無菌の水は皆無だった。このような嘘の、また誤解を生む広告がインド政府をして粗悪食品防止法を改正して対象に水も加えさせることになった。現在では自然の水源から採取され詰められたミネラルウォーターと処理飲料水は区別されている。(p.171)

 インドの水市場の拡大のスピードが早ければ早いほど、渇いた人々に水を施してきた伝統的習慣が消えて行く。数千年にわたって水は賜(たまもの)として道端や寺や市場のピヤオスで施されてきた。ガーダスやスライスという土瓶に入れられた水は夏でも冷やされ、人々は手のひらで水を受けて渇きを癒した。土瓶はプラスチックの瓶に、施しの経済生活は水売買の経済生活にとって代わられつつある。人々が渇きを癒す権利は、富める者が独占する権利になってしまった。インドの首相さえこの不幸を嘆いている。「エリートが炭酸水をがぶ飲みし、貧しい者は手のひら一杯の泥水で生きねばならない。(p.173)
デリーの街中でこうした土瓶が並んでいるのを見かけたことがある。大都市での庶民生活でも水は必須アイテムであり、普段ボトルウォーターが完備されているオフィスで仕事をやっているとなかなか見えないが、冷蔵庫などで冷やしてなくてもあの土瓶の水はひんやりして美味しいだろうと想像はしていた。(下痢が怖くて飲んだことがないが…)

それにしても、この翻訳なんとかならないものか。上記の引用で首相が喋ったとされるセリフは、実際にはナラヤナン元大統領が話されたものであり、首相ではない。

4.持続可能な農業について
これについてはこれまで紹介してきたヴァンダナ・シヴァの著書の中で度々指摘されていることではある。
 干ばつになりやすい地域では生態学的に正しい農法のみが持続可能な食物を生産する道である。3エーカーのトウモロコシの水の消費量は1エーカーの稲の水の消費量と同じである。稲もモロコシも4,500キロの収穫量がある。同じ量の水でトウモロコシは米の4.5倍の蛋白質、4倍のミネラル、7.5倍のカルシウム、5.6倍の鉄分、そして3倍の量の粒が実る。水の節約を考慮に入れて農業が開発されてきたならば、キビなどは雑穀とか下等作物などと呼ばれることなどなかったであろう。
 緑の革命の出現が第三世界の農業を小麦と米の生産に押しやった。新たに植えられた穀物はキビより多量の、そして在来種の小麦や稲の3倍の水を求めた。小麦と稲の導入はまた社会的、生態的コストを課した。水使用量の劇的な上昇は地域の水バランスの安定をゆるがした。大規模灌漑計画と水を大量消費する農業は自然の排水システムが処理できるよりも多くの水を与え、湛水、煙害、砂漠化を導き出した。(中略)湛水が頻発すると、農民と国家との紛争が起きることが多い。クリシュナ流域のマラプラバ灌漑プロジェクトで湛水が起き、それが農民の反乱につながった。(pp.182-183)
「湛水」というのは水の過剰供給のことを言うらしい。渇水地は元々大量の水に浸ったことがない土を含んでおり、このような土壌に水を注ぐと塩分が地表に出てくる。そして水分が蒸発して塩が残る。それが塩害だ。現在、世界の灌漑地の1/3以上が塩害に見舞われている。
 伝統的インドでは、古代の生態学的知恵と専門的技術と保護の文化の条件の下で、少量で時期の限られた降雨を利用した適切かつ持続的な水供給が生まれた。しかし、その持続可能な水利システムは即座に破壊されうる。自然の様式なるものが理解できない水のテクノロジーと水のパラダイムは水のリズムを乱し、水資源を減らし、奪い、台無しにしてしまう。(p.205)
近代的な灌漑技術をインドに持ち込んだのは植民地支配を行なった大英帝国だが、彼らがインド統治を行なった頃のインドの水利システムは、実は英国よりもはるかに進んでいたそうである。それは、与えられた水資源をいかに地域で有効に使用するかを考え抜いた素晴らしい仕組みだったらしい。

従って、水に対する主権を地域住民の手に取り戻す取組みがインドでも徐々に広まってきており、著者はそれらを好感を持って紹介している。Gram Gaurav Pratishthan(GGP)がマハラシュトラ州で始めたPani Panchayatや、ラジャスタン州アルワールで青年組織Tarun Bharat Sanghが始めた「ジョハッズ」(伝統的取水システム)の再建運動、グジャラート州のSwadhyay(スワディヤイ運動)が進めた濾過水槽(ニルマル・ニアース)建設運動等が好事例として紹介されている。
 スワディヤヤ(スワディヤイ)、タルン・バーラト・サング、ムクティ・サンガーシュ、パニ・パンチャヤットのような先駆けが、水資源の民主的な管理からのみ水の持続性が生まれることを示している。共同体管理が生態系の破壊を回避し、社会対立を防ぐ。先住民の水の管理システムは古代の知恵に呼応し、公平な水の分配を保証する複雑なシステムにまで幾世紀もかけて進化してきた。
 人間が作った水不足と、至るところで発生する水紛争は、水を共有資源と認識することで最小限に食い止めることができる。水の保護運動はまた、水危機の真の解決が人々のエネルギーと労働と時間と心づかいと団結の中にあることを示している。水の独占にとってかわるべき最も効果的な方法は水の民主主義である。多国籍企業が仕掛けてきた現在の水戦争は、水の民主主義を求める大きな運動によってのみ打ち負かすことができる。人々の運動が描いた青写真には、水不足から豊穣を作り出す可能性が写し出されている。(p.210)

最後に、本書を読みながら、僕はジャダブプール大学のディパンカール・チャクラボルティ教授のことを思い出していた。チャクラボルティ教授はヴァンダナ・シヴァのようなアドボカシーをやっている時間ももったいないとばかりに現場に入り、地下水砒素汚染の実態調査と住民への啓発を行なっておられる。本書には地下水砒素汚染に関する言及もわずか1段落のみだがあることはある。しかもそれは予想された通り、緑の革命がもたらした悪影響として描かれている。砒素汚染対策は近年必要性が増してきた課題に過ぎないが、本書が示唆するところはこの課題についても言える。地域の問題は地域で解決策が検討され、実行されなければならない。水を共有資源と認識し、新たな水管理システムを構築していけるのは結局は地域住民なのだ。

Water Wars: Privatization, Pollution and Profit

Water Wars: Privatization, Pollution and Profit

  • 作者: Vandana Shiva
  • 出版社/メーカー: South End Pr
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: ペーパーバック





nice!(3)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 3

コメント 3

ラッサナ

こんにちわ。

持続的な水資源管理については、地域住民で自発的に管理可能な小規模流域と、大規模河川を水源とする巨大な灌漑事業の末端地区を住民でいかに管理していくかは分けて考える必要があるでしょう。前者はNGOなどが中心となって、いろいろと取り組みがなされてきているようです。後者は政府と住民組織の協働をいかに行なうか、仕組み作りがこれからますます重要になってくると思います。

それから、著者の立場からは当然「緑の革命」について、ネガティブな面が強調されて記述されていますが、インドの人口増加にともなう食料需要を満たすための、代替案(別な取り組み)があったのだろうか?というのが個人的な問題意識としてあります。

もう少し考えてみようと思います。


by ラッサナ (2010-09-26 18:17) 

yukikaze

水源争奪戦。これから本番かもしれません。日本も備えるべき時期だと思います。
by yukikaze (2010-09-27 15:02) 

Sanchai

ラッサナさん、コメントありがとうございます。「緑の革命」については、私も元々は稲作における緑の革命で日本の1960年代の農業協力がどれくらい貢献したのかを知りたくて調べ始めたものです。ヴァンダナ・シヴァの著作を読んで、こういう見方もあるのかと驚かされてしまっています。

yukikazeさん、コメントありがとうございます。日本国内の貴重な水源を他国に森林ごと購入されているような話をよく聞きますが、目と鼻の先に水源があるのに周辺住民が利用できないなんてことにならないよう、注意は必要だと思います。
by Sanchai (2010-09-28 15:44) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0