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年金給付制度の評価 [インド]

Puja Dutta, Stephen Howes, Rinkhu Murgai,
"Small but Effective: India's Targeted Unconditional Cash Transfers"
Economic & Political Weekly, December 25, 2010, pp.63-70

 インドの社会保障へのアプローチは補助価格の食料や公共事業を提供することに重点が置かれており、ターゲットを定めた無条件現金給付は殆ど利用されておらず、よって評価も全く行なわれていない。我々は、全国家計調査のデータとカルナタカ、ラジャスタン州での社会年金使用状況の調査に基づき、高齢者と寡婦に対する現金給付の評価を試みた。その結果、これらの社会年金制度は十分よく機能していることがわかった。
 資金の漏れは少なく、裕福な世帯に比べてより貧しい世帯には多くの資金が流れるようになっている。また、資金が最も脆弱な個人に届いていることも実証できた。公共配給制度(PDS)と比較すると、社会年金制度の長所として、比較的漏れが少ないことが挙げられる。
 本研究では、社会年金はインドの他のセーフティネット・プログラムに比べて汚職腐敗の影響を受けにくいという仮説を立てていた。それは、年金の給付事務の部分で人の裁量が起きにくいからか、資金移転の規模が小さいからだと考えられる。この2つの仮説のどちらの方が影響が強いのかは特定できていないのが現状であり、社会年金制度を今後スケールアップするとしたら、十分なモニタリングが必要となって来るだろう。

インドで駐在員生活を送っていて驚かされたことの1つは、EPWのような学術誌が週刊で出ていることである。この手の学術誌は日本だったらせいぜい年2回、よくて4回しか発刊されない。それが週刊なんだから…。人口が多ければ頭がいい人も多いのだろう。インドの凄さを感じる。

インドから帰国してからも、時々公共配給制度(PDS)や全国農村雇用保証制度(NREGA)についてはこのブログでもご紹介してきた。僕の周囲の人は「社会保障」というと医療保障や年金のことしか言わないし、それが普通の認識かもしれないが、インドではNREGAのことを「世界最大の社会保障制度」と称するように、同じ言葉でもイメージするものが違う。日本で年金といったら賦課方式に基づき負担と給付をある程度リンクさせて考えるのが普通だが、インドでは税収を財源にして老齢年金の給付が行なわれているので給付の話だけが切り離して行なわれている。(公務員や軍人、被用者向けの年金制度はあるが、こちらは積立方式なので負担と給付は普通にリンクしているが。)そもそも、インドの貧困層は納税意識がないので、負担と給付が全くリンクしていない。

そんなわけで、幾つかあるセーフティネット・プログラムで、予算規模的にどれが大きくてどれが小さいのかというのをマッピングしておくことも必要だと思うが、本日ご紹介の論文には参考になるグラフが掲載されていた。

中央政府の政府支出のプログラム別配分(2008/09年度)
PDS(49%)、NREGA(33%)、農村住宅(7%)、農村信用(2%)、社会年金(4%)、その他(5%)

老齢年金や寡婦年金は「社会年金(Social Pension)」というのに含まれる。このシェアを見れば、マスコミで頻繁に取り上げられるのがなぜPDSやNREGAであるのかがよくわかる。社会年金は制度としての規模が比較的小さいのだ。だから社会年金への評価を試みているレポートはあまり見たことがないが、その割にはその重要性が国連の場でも度々強調されているし、国際潮流としても把握はしておく必要が依然としてある。

それで本日はその珍しい社会年金制度の評価について扱っている論文のご紹介である。紹介と言っても、元々は自分の勉強のために読んでいるんだから、僕が学んだことを中心にメモしておく。

1)年金給付は、資金確保は中央政府が行ない、支払いは州政府が行なっている。州政府が中央の決めた給付額にいくら上乗せするのかは州によって異なる。カルナタカ州の給付額は元々100ルピーだったが、これは最近400ルピーに引き上げられた。ラジャスタン州の場合も、200ルピーから400ルピーに引き上げられている。支払いの仕方も州によって異なる。両州ともマネーオーダー(銀行に持っていくと現金に交換できる)が中心だが、ラジャスタンの場合は政府事務所での現金給付が多く、カルナタカの場合は銀行振込が多い。

2)老齢年金も寡婦年金も、貧困ライン以下(BPL)の高齢者や寡婦が給付対象となる。老齢年金の場合は高齢者人口の7%(500万人)、寡婦もだいたい7%程度のカバレッジとなっている。これも州によって異なり、カルナタカ州の場合は老齢年金で20%、寡婦年金で27%と高く、ラジャスタン州の場合はそれぞれ7%、10%と全国平均に近い。

3)そもそもこの制度は給付対象となるためには受給資格者が自ら申告手続きを行なわなければならない。これがカバレッジを低くしている大きな原因となっている。最も貧しいグループの人々にすら10%少々しかカバーしていない。ラジャスタンでもカルナタカでも、受給有資格者の70%はその制度の存在自体は知っているが、そのうち35%は制度の詳細までは承知しておらず、58%は給付額しか知らず、給付資格の詳細や申告手続のプロセスについて知っている者は8%しかいなかった。両州では、給付を受け取っていない人の3人に1人は過去に申告を行なったことはある。しかし、カルナタカ州の場合は、給付を受け取れなかった人の28%は賄賂を払ったことがあり、申請内容について結果通知を受けるまでの所要期間はカルナタカで1年、ラジャスタンでは半年かかっている。

4)高齢者や寡婦はインドの貧困層の中でも最も脆弱性が高いグループの人々であり、ターゲッティングを行なうこと自体には妥当性がある。実際に、受け取った年金を自分ないし家族のために貯金するという人は4%程度しかおらず、54%の人は自分の出費に充てており、受け取った年金を家族の生活費のために充当しているという人も5%しかいない。年金は家庭内での不平等を緩和するのに役立っている。また高齢者や寡婦でも、家族と同居していない者は最も貧しいと考えられるが、こうした独居高齢者や寡婦を給付対象として特定するのは特にカルナタカ州では上手くいっている。但し、このターゲッティングの有効性は、カバレッジが拡大するにつれて薄れていくと見られる。

5)漏れについて、カルナタカ州では平均すると、年金受給者は受給権利のある金額の96%しか受け取れていない。ラジャスタンでは93%で残りが給付までのどこかのポイントで漏れている。カルナタカでは5人に1人、ラジャスタンでは4人に1人が、郵便集配人や政府の役人に賄賂を払ったことがあると答えている。但し、こうして賄賂は特定の郡で横行している。カルナタカでは、受給資格者の8%がこの12ヵ月の間に、年金を受け取るための手数料として様々な立場の役人に100~200ルピーを払ったことがあるという。

6)PDSと比べると、負担の累進性については共通しており、その予算の5割以上が最も貧しい上位40%のグループに流れている。但し、PDSについては逆進性も見られ、第3五分位グループ(2番目に貧しいグループ)が第2五分位グループよりも広くカバーされているという問題も見られる。加えて、PDSには重大な漏れが見られる。配給店に分配される食料と、そこで購入されたと報告されている食料との間に大きな差がある。これは配給店が入荷した食料をPDSに基づいて販売せず、市場価格で転売しているからだと考えられる。カルナタカ州の場合は配給された食料の64%しかBPL層向けに配給されておらず、ラジャスタン州に至っては41%に過ぎない。

7)以上を勘案すると、社会年金制度はPDSと比べて実績は良好だと言える。社会年金は、受給申請の際に大きな裁量の余地があるが、いったん受給資格が認定された後は支給は半ば自動的に行なわれるからである。賄賂は受給資格認定を受ける際に横行するが、いったん認定されたら大規模な賄賂が発生する余地は小さい。ひとりひとりの給付額は少額だし、給付対象者も人数的に少ない。しかし、今後高齢者の人口が増え、給付対象者が増えるにつれて、不正が横行する可能性は否定はできないので、スケールアップにおいては十分なモニタリングを行なうことが必要。特に、カルナタカ州の場合は特定地域において不正が特に横行しており、注意が必要である。

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近々カルナタカ州の農村には調査に行くと思うので、その前にカルナタカ州の情報収集でもしておこうと考え、EPWで論文検索をかけた結果、ヒットしたのがこの1編である。これからも、カルナタカ州でケーススタディを行なっている論文を幾つか読んでご紹介したいと思う。
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