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『アジアにこぼれた涙』 [読書日記]

アジアにこぼれた涙

アジアにこぼれた涙

  • 作者: 石井 光太
  • 出版社/メーカー: 旅行人
  • 発売日: 2012/01
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
アフガントラックに絵を描く父子、ジャカルタのゲイ娼婦、インド、フィリピンのストリートチルドレン、テロリストに息子をさらわれたイラク人。アジアの底で生きる人々の希望と絶望を描き出した10の物語。
石井光太さんもいつの間にか何冊ものルポを出版する売れっ子の作家になった。そうすると、書き下ろしが増えるだけではなく、昔雑誌などに寄稿・掲載されていた短めのルポなんかをまとめて1冊の本にしようという動きも起きてきても不思議はない。本書もそんな1冊で、2000年から2008年までに著者が海外で体験したことを、「旅行人」という雑誌に寄稿したのが集められている。書き下ろしが1章含まれ、合計10篇のルポから成り立っている。

従って、著者の処女作『物乞う仏陀』を初めて読んだ頃のような、目の前で起こっている現実をどう受け止めたらいいのか途方に暮れる、ちょっとナイーブな視線が新鮮であった。石井作品をそんなに読んで言っているわけではないが、最近の作品は最初から取材目的を明確に定めて現地入りしているものが多いような印象を受けるし、言ってみればその街その村の最底辺に近い住民層に入り込んだ豊富な取材経験から要点を抽出して「『貧困』とは何か」を一般化して語ろうという本もあったりする。だんだんノンフィクションライターとしての安定感が出てきていて、初期の作品に見られた試行錯誤が懐かしく思える。

パキスタンのペシャワールで、トラックにペインティングを施すアフガニスタン難民の絵師の親子の話「アフガントラックの絵師」でいきなり度肝を抜かれた。ペインティングを施されたトラックは南アジアだったら当たり前のように見かける光景だが、それを塗っている人がどのような人なのか考えたことなど一度もなかった。

いきなりそんな作品が登場するから、後続の作品も推して知るべしだ。アフリカ・スーダンのダルフール紛争を逃れてマレーシア・コタキナバルに渡って来て、ダルフールで精神を蝕まれた妹のためにドラッグを売って働く兄の話とか、日本人の彼氏に請われて性転換手術を中途半端に行なった末に彼氏には逃げられて自暴自棄に陥ったジャカルタのニューハーフとか、日本への出稼ぎから帰国したフィリピン女性のその後とか、バンコクの歓楽街パッポンに出没すると言われ、歓楽街への客の流れを一挙に冷却化してHIV感染の恐怖を広めた「注射器娘」の噂とか、インドネシアのメダンのストリートチルドレンの間で広まる、ストリートチルドレン出身で大成功を収めたミュージシャンの根拠のない成功譚とか、あいかわらずその着眼点のユニークさには驚かされるばかりだ。こんな着眼点でのルポは、他のノンフィクションライターで書いている人はほとんどいない。

中でも僕が印象に残っているのは、ネパール国内にいるブータン難民問題を取り上げた「誰がために金は鳴る」である。それは、僕自身もネパール東部の平野部を走っていてブータン難民キャンプの近くを通りかかったことがあるからで、しかも、うちの会社の前社長がブータン難民を作りだした張本人としてブータンとその国王に対して批判的だったということもある。「幸福の国」ブータンに憧れを抱く日本人は多いと思うが、「国民総幸福量(GNH)」を初めて唱えて世界的にも注目されている先代国王には、その王権基盤の強化のために、ブータンに住むネパール系住民を国外に追い出した暗い部分もある。

著者は、ネパール、ブータン両政府に対しては批判的で、両者が交渉のテーブルにつかないでいるうちに問題が長期化し、難民キャンプで生まれ育った子供達がまともな教育すら受けられないという、まさに今そこにある現実問題をどうするのかに目が向けられていないことを嘆いている。それは、ブータン難民問題で有名な活動家であっても欠けている視点らしい。

収録作品中唯一の書き下ろしだというこのブータン難民の話で印象に残ったのは、アジア各地で行なってきた著者の取材の基本的姿勢について述べた箇所があるからだ。

 しかし難民は違う。死の世界から這いずり出て、なんとか生きようとしている。苦しみ、嘆き、叫びながらも、生への渇望を全身で表している。ときに、それは美しくもある。
 戦争と難民どちらを見たいか。そう問われれば、迷わず後者を選ぶし、選んだ。なぜならば生きる人の姿にこそ感じ取りたいと思っているものがあると感じられたからである。
(中略)
「そうだと思う。僕がやりたいのは「愚かな人間のせいでこんなに人が死んでますよ」って言って社会を糾弾することじゃなく、いろんな人と会ってその人たちの底知れない魅力を描くことなんだ
「私があなたと最初に会ったときは物乞いだった。今はそれが難民」
「そう。物乞いにしても難民にしても生きることへの渇望にあふれている。なんて言っていいのか、そこに見てみたいと思わせる何かがある」
(pp.251-252)

こういう著者の思いはそれでいいとして、読み手の方はいろいろ考える。自分に何ができるだろうかとか。直接的にできることなど少ないのだけれど、「アジアの時代」だの高度成長だのと踊らされるマクロの議論の背後にある、個々の人々の暮らしへの影響というミクロの事象に気付く機会を与えてくれるという意味で、本書はとても有用な作品だと思う。お薦めする。

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