So-net無料ブログ作成

『習慣の力』 [仕事の小ネタ]

先月初め、人間ドックを受診した。結果は過去10年でも最高の成績で、「メタボリックシンドロームではない」という講評を勝ち取った。その結果を会社の顧問医に提出したところ、ここ数年浴びせられ続けた「自己管理能力ゼロ」、「人間失格」等のきつい所見がようやく消えた。毎年の健診が嫌で嫌でしょうがなかったところからすると、ようやく人並みのところまで立て直したということだろうか。

半年で5kg減量という結果は、受診当日に向けて計画的に行動してきた結果でもある。朝と夜必ず体重計に乗り、その数値に応じて運動量を増やしたり、食事を減らしたりといった微調整を加えた。当日ですら朝方少し歩いたぐらいで、その意味では絞りに絞ってぎりぎりのところでたたき出した数値だといえる。

問題はその後だ。無理な減量をやったらリバウンドが必ず来る。ところが、ドック受診から1ヶ月経った現在も、こと体重に関して言えばドック受診日のウェートをしっかり維持している。ギリギリのところでなんとかたたき出した数値は今では普通の状態を示しており、時としてそれよりもかなり低い数値を記録することもある。

今回のドック受診に向けた減量で、初期に最も有効だったのは、夜剣道の稽古に出かけた日には帰宅後夕食を食べないという自己規制だったと思う。元々僕は午後10時に就寝し、午前3時過ぎには起きるという生活パターンなので、稽古を終えて午後8時30分過ぎに帰宅した時点で、既に食事してはいけない時間帯に入っている。夕食を我慢して、その分朝食を食べるという生活パターンにした。

午後8時以降に夕食を食べないというのは、5月以降は稽古のない平日夜もかなり徹底させた。要するに8時前に帰宅しない状況を無理やり作り出したわけだ。帰宅途中でコーヒーなどを飲んで資料を読み込むような道草を結構入れて、帰宅時刻を9時ぐらいになるように時間調整した。毎晩のように夕食を食べずに過ごした。

今年1月には一時81kg台後半をうろちょろしていた僕の体重は、こうして5月半ば時点で78~79kgという範囲にまで低下した。そこで新たに組み込んだのが朝のウォーキングである。僕は自宅からあえて1駅遠いターミナル駅まで片道30分を歩いて通勤している。帰路も剣道の稽古がない日はターミナル駅から自宅までは歩きだ。これに昼休みの25分ウォークを加えて、1日平均15,000歩は歩いていた。そこにさらに朝4時台で30~45分のウォーキングを加えた。これによって、多い日は20,000歩を超える日も出てくるようになった。

こうして、足や膝が僕のウェートに耐えられるようになってくると、次はウォーキングではなく、時おりジョギングも入れるようになった。6月は1日に駅伝、30日に8kmのマラソン大会に出た。これらを目標にして、続けて30分以上走る練習を始めた。毎日というわけにはいかないので、2、3日に1回の頻度だったが、ウェートが絞れてジョギング向けの呼吸法にも慣れてくると、2日連続で走ることができるようになってきた。

ドック受診以降もウェート維持できている最大の理由は、30分どころか、60分続けて走れるところまで走力がついてきたこと、そしてそれが2日3日連続でもできるようになってきたことにあると思う。僕は20年前に月間200km走って1ヵ月で5kg体重を落とした経験がある。走れるようになれば、そうそう簡単にはリバウンドはしないだろう。当面の目標は10月に初めての10kmロードレースに挑戦することだ。

―――そこで、本書の紹介である。

習慣の力 The Power of Habit

習慣の力 The Power of Habit

  • 作者: チャールズ・デュヒッグ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/04/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
内容紹介
「消臭剤のファブリーズはなぜ突然ヒット商品になったのか」「アルコール依存症はなぜ治せるようになったのか」「大手アルミメーカーのアルコアはダメ会社から突如優良企業に変貌を遂げたのか」「スターバックスのスタッフを責任感の強いリーダーに育てるプログラムとは」。本書の著者によれば、これらはみな、「習慣」をうまく活用した成果であるという。
普段、私たちは自分の意志で行動を決めていると思っているが、実はそうではない。人間の全行動の4割は「習慣」、つまり脳で考えることなく、無意識に身体を動かしているのである。したがって、この習慣のメカニズムを知ることで「良い習慣」を増やし、「悪い習慣」を減らすことができれば、人生は知らず知らずのうちに好転していくのだ。
本書は「個人の習慣」「成功する企業の習慣」「社会の習慣」の3部で構成されている。第1部で「習慣の仕組み」について分析し、「習慣」が「きっかけ」「ルーチン」「報酬」の3つの要素から成り立っている点などについて詳細に分析している。第2部、第3部では「習慣」を、企業や組織が上手に活用した実例をとりあげる。巻末では、個人が「習慣」を変えるための方法についても具体例を挙げながら説明している。
本書は、ある書評サイトでかなりの高評価を得ていたもので、図書館で借りようとかなり前から予約していたけれど、10人近い待ちがあって、ようやく自分の順番がまわって来た。僕の後にも予約は入っているので、長くは借りていられない。400ページもある本で、今週はこの本を読み切るのに相当な時間を費やした気がする。著者はニューヨークタイムスの記者で、多分元々が読みやすい文章で書かれていたのだと想像するが、翻訳もなかなかわかりやすく、すらすら読むことが出来る。事例の中にも、NFL2チームを率いていずれも強豪チームに育て上げたトニー・ダンジー監督、スターバックス、ターゲットといった、米国駐在経験のある僕には親近感が湧くものが多く、興味深く読み進めることが出来た。

著者によれば、我々の日常生活の4割は「習慣」から出来ているという。タバコ、ギャンブル、アルコール依存症、そして最近話題になった中高生のネット依存、みな自分の意志や判断でそれらに手を伸ばしていると思いがちだが、既にそれが習慣化していて、無意識のうちにそれらに手を伸ばすようになってしまっているのだという。朝起きてきて冷蔵庫を開ける、1時間に1回はフェースブックの新着情報を見てしまう、妻から言われたルーティンではなく、自分のやり方で洗濯機を回してしまう、朝はともかく、夜の歯磨きがなかなかできない、これらも全て無意識の習慣ということになる。

習慣とは、「ある時点で意図的につくり、やがて考えなくても毎日、何度も行うようになるもの」だという。僕たちが、毎日の食事でどのぐらい食べるか、職場に着いたら何をするか、週に何回酒を飲むか、いつジョギングに行くかといったことを、ある時点で意識的に決めているが、やがて決定をしなくなり、その行動は無意識のものとなる。そして、これは個人だけでなく、企業や組織、社会においても言えることなのだと著者は論じる。

習慣化のメカニズムは、なにかしらの「きっかけ」があって、そのきっかけに反応して起こる慣例的な行動や思考の「ルーティン」があって、そしてその行為や思考からなんらかの「報酬」が得られる、時間がたつにつれて、この「きっかけ→ルーティン→報酬」というループが、どんどん無意識に起こるようになっていくとする。

この枠組みで自分のダイエットを考えた場合、同じ報酬を得るのに実行が難しいルーティンよりは、別のより実行可能なルーティンに置き換えてそれを習慣化してしまえばいいということになる。よく言われるのは、ジムやジョギング、食事制限といった特別な行為を日常生活に組み込むよりは、普段から日常生活で行っている行為の中に運動を取り込む方が実行可能性が高いということだ。それが僕の場合は通勤時の自宅・駅間の30分ウォーキングと昼休みの25分ウォーキングだった。これは既に習慣化していると思う。

もう1つは、「報酬」の再定義だろう。ドック受診までは減量実現が僕の想定していた「報酬」だったのだが、それ以降は目標を切り替えた。10月に10kmのロードレースを走るという目標を定めたことで、今は別の「ルーティン」を作り出そうとしている。2日、3日続けて30分以上走るというのが新たなルーティンということになる。5月頃までは20分走り続けることが大変だったが、今は60分でも苦にはならない。

そこでよくわからなかったのは「きっかけ」のとらえ方だろう。正直なところ、僕の経験の中から「きっかけ」を理解するのは難しい。ルーティンを作動させる際にきっかけとなっている出来事が何か、なかなか思い付かない。強いて挙げるなら、「朝3時にアラームの音で目が覚める」ことなのだろうか。

この「きっかけ→ルーティン→報酬」のループを理解し、習慣を変える実践の仕方については、本書の巻末付録がコンパクトでいいかもしれない。

さて、本書を読もうとする読者の多くが、個人のレベルでの習慣に注目し、「改めたい悪習」を持っているのが動機になっているのではないかと思う。確かに、個人のレベルでの習慣化/悪習の克服は本書の中でもキモとなっているパートであり、企業の習慣について描かれた第2部は、なぜこれが「きっかけ→ルーティン→報酬」のループ=習慣化という枠組みに当てはまるのか、少々りかいしづらかった。

ただ、第3部第8章で取り上げられた米国公民権運動に見られるような社会の習慣の変化については、ネットワーク論で言われる「強い紐帯」vs「弱い紐帯」の議論とか、グループ・ダイナミックスの議論とも絡んできていて、興味深いものだった。
 社会の習慣とは、何百、何千もの人間が「特に考えずに」行っていることであり、習慣が生じたことにさえ気づきにくい。だが、そこには世界を変えるほどのパワーがある。互いに知らない人々が抗議のために通りを埋め尽くし、たとえ集まる理由は違っても同じ方向へ人々が行進するのも、社会習慣のなせるわざだ。ある行動が世界を変えるほどの運動になる一方で、一部は不発に終わるのも、社会の習慣が理由である。
 なぜ社会習慣にそれほどの影響力があるのか。それは運動の多くが(大規模な革命から、参加している教会の小さな変化まで)3つの大きな段階からなっているからだ。そのような例が数え切れないほど起こっていると、歴史学者や社会学者は口を揃えるのである。

1.友人とのあいだの社会習慣、そして親しい知り合いとの強い結びつきから運動が始まる
2.その運動がコミュニティの習慣となり、隣人や仲間たちをまとめる弱い結びつきに力によって拡大していく
3.リーダーが参加者に対し、新たなアイデンティティや当事者意識を感じられるような、新しい習慣を与える

 この3つの段階が実行されたとき、運動はひとりでに進むようになり、臨界状態に達する。社会変革を成功させる方法は他にもあり、時代や闘争によって細かいところは異なっている。(pp.296-297)
この米国公民権運動に関して、著者は幾つかの興味深い研究成果を本書で紹介している。その中でも特に面白かったのは、北部の学生がフリーダム・サマーへの参加/不参加を決めた分かれ目は何だったのかという分析で、ここでは上記囲いの中の1(強い紐帯)と2(弱い紐帯)が同時に作用した結果だと述べている。

僕らが指向する社会変革が成功するか失敗するかは、これは公民権運動に関する米国の経験が大いに参考になるような気がする。先の国政選挙で、反原発のみどりの党などが得票数を伸ばせなかったのも、こういう視点でレビューしてみたらどうかという気すらする。

nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 1