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『コ・イノベーション経営』 [仕事の小ネタ]

コ・イノベーション経営: 価値共創の未来に向けて

コ・イノベーション経営: 価値共創の未来に向けて

  • 作者: C・K・プラハラード、ベンカト・ラマスワミ
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2013/07/19
  • メディア: 単行本

この本を読んだのはもう2週間以上前のことで、これまでブログ更新している時間が十分取れなくて紹介していなかった。夏休み中でもあるため、今は新しい本を読みつつ、ブログで紹介していなかった本の紹介もできるだけまとめてやっていきたいと思っている。

故プラハラード教授の著書としては、『ネクスト・マーケット(Fortune at the Bottom of Pyramid)』が有名だが、『ネクスト・マーケット』が日本で売れたお陰で、それ以前に書かれていた教授の著書についても日本で紹介されるようになった。本日紹介する『コ・イノベーション経営』もそんな1冊。元々原書"The Future of Competition"では2004年、『ネクスト・マーケット』よりも先に発表されていたものである。

今なら「オープン・イノベーション」とか「ユーザー・イノベーション」といった言葉で当たり前のようになっている複数アクターによる協働と共創だが、発刊年が2004年だったことを考えると、トレンドを先取りしていた1冊だったといえる。それが、今になって日本で「オープン・イノベーション」「ユーザー・イノベーション」が脚光を浴びたこともあり、日本語版の発刊に至ったということなのだろう。

著者の論点を自分なりにまとめてみると、消費者と企業がいわば二人三脚で、消費者ごとに異なり、しかも企業にとっては持続性のある価値を共創しようという趨勢が強まってきていることに著者は注目している。言い換えればそれは「組織による価値創造に個人が積極的に関わる機会」であり、この組織は企業に限らず、政府、自治体、議会、病院、大学等も含めて、どのような組織であってもほぼ例外なく、組織と個人の影響力のバランスに変化が生じており、個人の影響力が強まっているという。企業の場合であれば、消費者が企業とその仕入れ先、事業パートナー、消費者コミュニティなどとともに価値を共創する傾向が強まり、その過程で消費者ごとに独自のパーソナル経験が培われていくのだという。これまでだったら、企業が価値を創造して、それを消費者に売るという発想が常識だったが、今はそうではないということだ。

考えてみよう。これまで僕ら消費者はあまり情報を持っていなかったが、インターネットの普及により情報を容易に得ることができるようになり、行動選択に際して自分で情報収集し、複数のオプションを比較考量して、最終的にそれを消費するかどうかを決めるようになった。受身の立場を捨てて積極的に情報を集めに行くようになってきており、しかもネットの口コミ情報のように、お互いに結びつくことで影響力を強めている。

このため著者は、発想の中心に一人ひとりの消費者を据えてはどうかと提唱する。あるいは、企業と経営者、マネージャーにとって最も重要なのは、全ての中心には個人がいるという事実を認識することだろうという。その個人が消費者、従業員、株主、仕入先等、どのような立場であってもかまわないが、いずれにしても個人を中心に据えて発想し、行動すべきだとする。

個人を中心に据えて組織を眺めるというトレンドは、ビジネスの世界に閉じたものではない。政治や行政、教育、医療、文化・芸術、科学、宗教など、あらゆる分野において、もはや止めようのない大きな流れとなっているという。世の中のあらゆる種類の大規模組織にとっての正当性の土台も、このような流れに沿って形成されるだろうと著者は言う。

オープン・イノベーションに関する書籍はこれまでにも何冊か読んでブログで紹介もしてきた。その一環として本書も読んでみたわけだが、この本の中で強調されているポイントとして特に印象的なのは、この「個人」の強調である。別の文脈でではあるが、これからの世界は「人々」を中心に据える必要性が高まるとの見方が非常に強い。主には格差是正や本当に支援を必要な人々を同定してピンポイントでの支援を行なっていくべきとする中で出てきた「一人ひとりを見る」という発想だが、考えてみれば著者が「BOP」で言っているのも、マスの受益者層であるBOP層をしっかり見定めて、そこで消費してもらえるような製品を開発していくべきとする主張だったように思う。

しかし、こうした協働がトレンドだと言いつつも、大多数の組織はその機会を十分に活かしていないと著者は指摘する。その理由は、「協働を当然の取組み」として受け入れていないことにあるという。協働を実現するためには、社内外の複数の組織が力を合わせなくてはならないが、大多数の事例では、対立や緊張による費用が便益を上回ってしまっている。この場合の費用とは、具体的にはマネージャーの時間や熱意、移転価格、優先順位、納期、ITシステムや戦略の整合性、その他様々な経営管理上の問題である。こうした費用はすぐに発生するのに、便益はすぐには確認できないことが多い。この点は大きなハードルだという。「脱タコつぼ」は我が社でも叫ばれているが、本書と同じような理由で、なかなか部署を超えた協働というのが実現しにくい。いかに自分の部署に降りかかる火の粉を回避し、他部署に振るかが考えられている。少なくとも、普段から交流もないところに協働は起きにくいというのが実感で、加えて言うと、これまで同様の文献では度々指摘されてきた通り、複数の組織間の協働は、それより高次元のところにいる人、ないしは組織のリーダーシップによるところが大きいようにも思う。

最後に、もう1つ印象に残っている点は、本書にある「知識」に関する記述である。
知識とは本来、暗黙知なのだ。「ナレッジマネジメント」という言葉があるにもかかわらず、知識とはそもそもマネジメントできないのではないか、との議論もある。知識はデータベースなどに保存できる性質のものではなく、人に備わり、人と特定の文脈が結び付く中で生み出されるのだ。
 では、何であればマネジメント可能かといえば、具体的な問題を解決しようとする中で、絶えず知識を創造しようとした結果もたらされる、形ある情報である。だが、別の問題を別の人々によって解決しようとする場合には、文脈を作り直し、新たな問題にふさわしい新しい知識を生み出さなくてはならない。(p.299)
この記述は、「オープン・イノベーション」とは別の文脈で引用したいと思える箇所だったので、あえてここにメモしておく。

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