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『デジタル・アーカイブの最前線』 [読書日記]

デジタル・アーカイブの最前線 (ブルーバックス)

デジタル・アーカイブの最前線 (ブルーバックス)

  • 作者: 時実 象一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/02/20
  • メディア: 新書
内容(「BOOK」データベースより)
災害の悲しい記憶も、映画の名場面が生む感動も、人類が未来に残すべき貴重な「知の遺産」である。だが、それらを守るしくみが崩れつつあるいま、出版物は孤児と化し、映像は再生不能となり、ウェブ世界でも膨大な情報がどんどん消えている。これらを電子的に保存すべく、世界の有志たちが立ち上がり、推進するデジタル・アーカイブ。その考え方、方法から乗り越えるべき問題まで。

2012年という特定の時期に、知の遺産のアーカイブ化について集中的に調べ物をしたことがあった。ある特定のプロジェクトと関連しているけど会社の内外に散らばっている様々な情報をまとめて、デジタルデータは閲覧できるようにして、アナログデータは図書室に補完するような作業をやったことがある。

皮肉なもので、雑食的にいろいろなジャンルの本を読んでいると、時々それらがつながっているように感じることがある。僕が歴史関係の本や宮本常一の民俗学の本を紹介するときによく感じるのが「古文書を有する国の良さ」である。劣化は進んでいても、歴史的建造物や宗教施設、果ては民家に至るまで、保管されているアナログ情報を辿っていくと、その頃何があったのか、誰がいたのか、人々は何を営んでいたのか、何を考えていたのかがわかったりする。歴史学や民俗学の面白さはそこにもある。平安時代の貴族の日記とかが今読めちゃったりするのは、考えてみればスゴイことだと思いませんか?

一方で、デジタル情報って、結構な頻度で更新されちゃったりする。個人レベルでHPやブログ、SNSをやってる分には、ただ単にある器に新しい情報を加えていくだけの話だし、器に手を加えるほどのスキルも時間的余裕もないから、少なくとも自分が生きてる間、プラットフォームが存続する間は情報はどんどん保存されていく。でも、例えば自分の会社のHPを考えた場合、ショボいながらも独自のHPを作った頃(1999年か2000年頃だろうか…)のTOPページってどんな感じだったのか、遡って調べてみることすらかなわない。そもそも容量の問題があって、新しい情報を加えたければ古い情報は削除して空き容量を作るしかない。

ついでに言えば、僕がもし急逝してしまい、家族もソネブロやFacebook、MixiのログインIDとパスワードを知らなかったりすると、僕はサイバー空間上でずっと生き続けることになる。一方、ことHPに関しては、サーバー維持管理手数料が僕のクレジットカードの口座から自動的に引き落とせなくなれば、サーバー維持管理業者は僕のHPを抹消するだろう。

こう考えると、実はアナログ情報と比べて、デジタル情報の方が存立基盤が危ういのかもしれない。

冒頭述べた通り、僕は一時期相当アーカイブの勉強をしたので、本書で著者が吐露している、「知」の消滅に対する危機感は十分理解できる。そして、世の中にはそういう、報道、映像、活字、芸術作品、HP、方言等、様々な知識や文化・感性等がただ廃れていくのを見るに見かね、後世に残したいと考え、行動している人も結構大勢いるというのも理解できる。そうした、分散化されたアーカイブ化の取組みが相互につながれば、ネットワークの外部効果で、アーカイブ・ネットワークの有用性がさらに高まるというのも理解できる。

ただ、こういう取組みに投資をするためには、それがただ単に重要だというだけでなく、需要があるというところもアピールしておく必要もあると思う。少なくとも、需要がさほど見込めないものに政府は予算を付けないだろうし。

時の為政者が自分にとって都合の良い出来事のみ切り取って学校教育で歴史として教えていて、それを評価の基準として我々が無批判的に受け入れている現状を考えると、今の社会や制度は歴史に対する洞察に欠ける人間を生みだしているようにしか思えない。自分で調べて、教科書には載ってなかった民衆の歴史を炙り出したりする面白さは、今の学校教育の中では重要視されているとは思えない。アーカイブ・サービスの供給者側の論理に立てば、デジタル・アーカイブのネットワーク化を進めて利便性を高めるのは絶対必要なことだと言えるだろうが、意識の高い利用者を増やす方策も併せて考えないといけないのではないだろうか。残念ながら、需要サイドへの働きかけや啓発活動への言及は、本書では少なかった。

最後にひと言愚痴だが、うちの会社、定期的に部署別の共有フォルダに格納されている情報資産のクリーンナップをやっていて、その部署にいる間に僕自身が書いたメモとかレポートとかが、別の部署に異動する際にちゃんと引越手続きを取ってないと、一方的に抹消されてしまうということがあった。今はそうでもなくなってきたからまだましだが、僕が2003年から2007年まで所属した部署でいろいろ書いたものが、今は書いた僕自身ですら閲覧できないのである。そして、保存の必要性を痛感するのは、往々にしてそのデータがすぐに必要になった時なのである。まさに「あとの祭り」だ。こうして、自分がその部署にいたという証しが、「削除」ボタン1つクリックするだけで簡単に抹消されちゃうというのは、なんか、存在を否定されるようで非常に嫌な気分になる。

もう1つだけ。この本を読みながら、以前やった父親のライフヒストリー・インタビューのビデオ撮影、早く再開して完結させなきゃなと思った。実家に行けば残っているアルバム写真を使って、各々がどういう状況で撮られた写真なのかも、ちゃんと記録しておかないとなぁというのも。なんか、本書を読んでて、やらないといけないことばかり思い出させられた気がする(苦笑)。

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