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『話すための英語力』 [英語一期一会]

話すための英語力 (講談社現代新書)

話すための英語力 (講談社現代新書)

  • 作者: 鳥飼 玖美子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/02/15
  • メディア: 新書

内容紹介
幕末から現在に至るまで、日本人を魅了してやまない「英語」。「英語をうまくしゃべれるようになりたい」は見果てぬ夢なのでしょうか。日本(もしくは日本人)が抱えている「英語コンプレックス」の根幹にあるのは、外国人を前にすると萎縮してしまい、言葉を発することができないことにあります。いわゆる「外国語不安」です。短い言葉で切り抜けようとしたり、思い出せるフレーズを連発するだけで、相手と話が続かない(続けようとする意思がないと見られても仕方がない応答をします)、自分の意見を言わない(そうした日本人特有の習慣があることも事実です)等、相手よりも話し手の自分の方が落ち込んでしまうのが現状です。こうした「英語コンプレックス」を打破するための最良の「コミュニケーション・ストラテジー」を同時通訳者としての経験豊富な著者が丁寧に教授します。

本屋さんの販売戦略にまんまと乗せられ、『本物の英語力』を買ったときに、ついでに『話すための英語力』も買っちゃった。あ、順番的には逆で、本書の方が近刊だったので、こちらを買ったついでに『本物の英語力』も買っちゃったというのが正しい。高校生時代に既に鳥飼玖美子ファンだったからなぁ。

1979年3月だったと思うが、初めて受けた英検4級で満点合格して、中3の僕は父に連れられて東京での優秀成績者表彰に出席した。その時の記念講演でお話されたのが、サイマルインターナショナルの村松増美先生で、田舎育ちの僕は、その時初めて同時通訳という仕事がこの世の中に存在するのだというのを知った。カッコいいな、なりたいなという気持ちもなくはなかったので、その後も英語の勉強は特に力を入れてやった。両親もそういう環境を作ってくれていたと思う。岐阜のど田舎にしてあの学習環境は恵まれていた。

いつだか正確には思い出せない、多分高2に上がった頃だと思うが、ラジオ講座『百万人の英語』を聴き始めた。岐阜のど田舎でも、深夜になれば東京の文化放送がキャッチできた。部活でへとへとになって帰ってきた僕は、夕食をとれば風呂に入ってとっとと寝てしまった。深夜零時から始まる『百万人の英語』が目覚まし代わり。それを録音しておいて、放送終了後に起きてテープを再生し、それで1時まで英語の勉強。1時から朝までは受験勉強をしていた。このサイクルで高校生活を過ごしていたので、学校の授業が眠くてたまらなかったが(笑)。

話は逸れたが、この高校生時代の僕にとって、『百万人の英語』は今にも続く僕の英語学習法の原点とも言える。前回も書いた通り、國弘正雄先生の「只管朗読」もハイディ矢野先生の「リエゾン」も、今でも実践している。ど田舎の高校生としてできることはやったつもりなので、勉強法には一家言ある。そんな日替わりの講師陣の中に、鳥飼先生がいらっしゃった。1970年代初頭から既に同時通訳者として一線で活躍されていた方で、ど田舎の男子高校生にとっては、「できる女性」のロールモデルであった。講座の内容については、國弘先生やハイディ矢野先生のような強烈な「売り」があったわけじゃないので、意外と記憶に残ってないけれど、この講座の講師陣の中では、最も具体的に「こうやったら自分のようになれる」というキャリアパスを示して下さっていた方だったと思う。高2になって「上智を目指そう」と思ったきっかけは、間違いなく上智大学が鳥飼先生のご出身だったからだ。

今から39年も前の出来事に遡り、ちょっとばかり自分の英語遍歴の黎明期について述べたが、前回に書いた通り、今は僕は英語を「学習」の対象としては見ていない。新聞やレポートを読むときに、それが英語だと意識することはほとんどないし、外出すれば英語が当たり前の世界だ(あ、ゾンカ語の勉強も勿論ですが…)。しかも、ブータン人と接したことがある方ならご存知だと思うが、ブータン人の話す英語にはものすごい癖がある。語尾に「ラ」が付くのだ。しかも、はっきり意見を言わないのが美徳とされているのか、もごもご言われて聴き取りにくいし、日本人と同様、結論を後に持って行くから、まわりくどくて長々とした発言を聞かされると、「それで結局何が言いたいの?」と怪訝に思うことがしばしばだ。

それに、目上の人がいる場では、絶対に発言をしないから、会議で議論が活発に行われることも、セミナー会場で質疑応答の時間が足りなくなることも、ほとんどない。そんな中に、珍しくマシンガン英語をべらべらしゃべりまくる人がいると、たいていの場合その人はインドの大学で教育を受けていたりする(笑)。それと、社会的なステータスから、しゃべってもいい立場の人なのだろうなと想像がつく。

こういう環境に身を置くと、「ブータン人の英語」、「インド人の英語」といったものを感じざるを得ない。なので当然「日本人の英語」もあって当たり前だと思う。高校生や大学生の頃は、アメリカン・イングリッシュを習うかブリティッシュ・イングリッシュを習うかなんてのでよく友人と話題になったが、今となっては昔の話で、実質国際共通語なんだから、日本人としての英語を堂々としゃべればいいと考えるようにはなった。このあたりは本書でも書かれていることだ。

鳥飼先生も調べてみたら膨大な著作があるので、以前に先生の本を何か読んだことがある人が本書を読んでどう思うかは訊いてみたい。僕もある程度は仕事や実生活で英語を使ってきた立場で言うと、本書でsomething newがあったかというと、そうでもない。英語を勉強し始めた高校生時代に聞いたようなエピソードが出てきたりするし、褒めたり断ったりする言い回しや、人にものを頼む時の言い回しなんてのも、周囲がそうしているのを見て学び、それに合わせてきたところがある。自分の歩みを肯定する作業にはなったものの、何か新しいことを学んだかというと―――あ、1つ2つあった!

1つは、相手の言ってることが聴き取れなかった時の対応策、もう1つは、会話の輪に入れない時の割込み方法。総じて、第5講「困ったときの方略」は、実戦で使えるものが多々あったような気がする。

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